2017年9月16日 (土)

「ミサイル安全」より防災対策だ

 15日朝に北朝鮮が発射したミサイルは、8月29日とほぼ同じコースで列島上空を通過した。全国瞬時警報システム(Jアラート)も同じ12道県に国民保護情報を出し、休校は9校から1校に減ったものの、登校時間を遅らせたのは3倍以上の122校に上った。

  「発射直後から落下まで完全に探知して、追尾していた」(菅官房長官)というなら、なぜ東日本の全域近くに広がる地域が対象となったのか、そもそも茨城県が入っていながら千葉・東京・神奈川の3都県が外れているのはなぜかなど「国民」としても疑問は多々ある。しかし問題にしたいのは、教育界の対応である。

 ニュースを見ていれば、10分もしないうちに北海道南部、せいぜい青森県を除いて危険性がないことは判断できたはずだ。それなのに登校時間を遅らせる学校が続出したのは、明らかに過剰反応と言うべきである。

 それを助長したのは、明らかに9月8日付の文部科学省事務連絡であろう。「北朝鮮による弾道ミサイル発射に係る対応について」。通知・通達ではないため同省のホームページには掲載されておらず、そのため一般国民は行政のチェックがしにくい。一部の教育関係団体や教育委員会が引用しているので、検索を工夫すれば探すことはできるのがせめてもの幸いだ。

 事務連絡は、自治体の国民保護計画を参考にしながら危機管理マニュアルや学校安全計画を見直しておくとともに、自治体と連携した避難訓練を推進することを求めている。のみならず「始業前においては、登校前の児童生徒等は自宅待機とし、登下校中又は既に登校している児童生徒等については…行動をとること等について、あらかじめ注意喚起しておくこと」と留意を求める丁寧ぶりだ。

 そもそも、どんな兵器が搭載されているか分からないミサイルに、どう対処せよというのか。Jアラートの表現を「頑丈な建物や地下」から「建物の中、または地下」に言い換えたところで、何ら変わるものでもない。「政府としては、国民の安心・安全の確保に万全を期して」いると言われても空手形のようなものであり、それなのに「保護者、児童生徒等を必要以上に不安にさせることがないよう十分配慮すること」を求めるのは矛盾している。

 何より問題だと思うのは、それによって極めて必要性の低い「ミサイル安全」が学校安全で最優先されることだ。ただでさえ学校は交通安全や火災訓練などに追われている。東日本大震災以来クローズアップされてきた防災教育がおろそかにならないかと心配になる。

 百歩譲ってミサイル安全の教育が必要だとしても、防災を題材に自らの身は自らで守る思考力・判断力・表現力を身に付けさせる中でこそ対応すべきだ。それを政府の要請通りに行動することを求めては、ものを考えない国民づくりに加担するだけである。

 それこそが政権の狙いだ、とまでは言わない。ましてや「戦争ができる国づくりの一環だ」などと言うつもりもない。しかし確固たる戦略もないまま泥縄式に政策を進める政官界の体質は、戦前と変わらないようにも思えてならない。少なくとも政権の意向がここでも行政をゆがめていることだけは、強調しておきたい。

〔過去の社説〕
教職課程コアカリ 忖度の「ミサイル教育」
「ミサイル安全」 学校教育の過剰反応は避けよ

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2017年8月29日 (火)

「ミサイル安全」 学校教育の過剰反応は避けよ

 29日早朝、北朝鮮が予告なしに列島上空を通過するミサイルを発射した。とはいえ、この間の経緯を考えれば日本に飛翔体が落下する可能性など極めて低いことは素人目にも明らかだろう。それなのに、まるで日本が攻撃対象になったかのような大騒ぎには強い違和感を覚えざるを得ない。

 新幹線や電車が止まることも奇異だが、一部の学校が休校したり、登校時間を変えたりしたのは明らかに過剰反応ではなかったか。危機管理は重要だが、実際に措置を取るかどうかは冷静な判断を要しよう。

 あえてこうした苦言を呈するのも、学校に過剰反応を求める「上から」の恐れが実際にあるからだ。

 6月に公表された次期小・中学校学習指導要領解説の総則編に、奇妙な文言が入っていた。今回から明記された「安全に関する指導」に関連して、生活安全、交通安全,防災安全の3領域のみならず、情報関連の事件・事故防止とともに「国民保護等の非常時の対応等の新たな安全上の課題に関する指導を一層重視し」とある。国民保護といえば、今朝テレビを点けた多くの人が白抜き文字で目にしたことだろう。

 一応、根拠は3月に策定された第2次学校安全推進計画にあるらしい。確かに同計画には「従来想定されなかった新たな危機事象の出現などに応じて」とある。ただし、これは明らかにテロ等を想定したものである。2020年に控える東京五輪・パラリンピックを考えれば、理解できなくもない。しかし、「ミサイル安全」となると別だ。

 解説書を根拠に、ミサイル避難訓練を求めるようなことがあってはいけない。現実的な危険が想定しにくいのに、危機をあおるのは別の目的があるとしか思えないからだ。

 教職課程コアカリキュラムにこっそり「我が国の学校をとりまく新たな安全上の課題」がたくしこまれていたことは、既に論じた。どうやら現政権は、より外堀から徐々に埋めていき既成事実を作っていく目論見らしい。姑息としか言いようがない。

 実は総則の解説には、先の一文に続いて「安全に関する情報を正しく判断し、安全のための行動に結び付けけるようにすることが重要である」とある。思考力・判断力・表現力は学校教育法30条2項が定める学力の3要素の一つであるとともに、次期指導要領で育成すべき資質・能力の一つでもある。

 18歳選挙権に対応した主権者教育も、来年3月に告示予定の高校指導要領のみならず小学校からの課題でもある。政権の意向を批判的に検討して自ら判断し行動できるようにすることも、大切な資質・能力の育成だ。もちろん、その上で政府の言うミサイルの脅威に賛同する判断をすることも尊重されよう。しかし学校が防空演習を強要されるような事態は、絶対に拒否しなければならない。

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2017年8月10日 (木)

【内側追抜】8月の会話

「あなたは、どこの国の総理ですか」

「美しい国の、ですよ。少なくとも、こんな人たちが国民の国ではありません」

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2017年7月31日 (月)

【池上鐘音】首相の衣

▼横浜市長選で与党が推薦する現職の林文子氏が3選を果たした。しかし安倍首相が姿勢を改めたことが奏功したとは想像しづらい辛勝であった。更なる悪化を押しとどめたとは言えるかもしれなが▼変化をもたらしたのは、何といっても1日の東京都議選での自民党惨敗と、内閣支持率の急落だ。それがなければ安倍首相が閉会中審査に出席することも、「丁寧な説明」をすることもなかったろう▼4日に発表された11日付の文部科学省人事では、初等中等教育局長が官房長に、高等教育局長が生涯学習振興局長に異動した。慣例からいえば屈辱的だ。しかし噂では他省庁から局長をあてがう内示が都議選前にあったというから、同省にとって最悪の事態は逃れたというべきかもしれない▼安倍首相に席上からヤジを飛ばさせたのも、低姿勢に一変させたのも、選挙結果や支持率という民意の衣である。就任以来、アベノミクスによる景気回復への期待が続いてきたが、その幻想も幻滅に変わったということか▼政権交代後、とりわけ「お友達」の下村博文氏が文部科学相になって以来、不可解な動きが省内に感じられた。端々に出てきたのは学習指導要領の「解釈改訂」、教科書検定の見直しなどだが、「ミサイル教育」は果たして教職課程コアカリキュラムにとどまらず次期指導要領解説の総則に「国民保護」を明記させるに至った▼森友・加計両学園の問題によって、ようやく不可解さに「忖度」という名が付いた。前川喜平・前事務次官に対しては「なぜ在任中に言わなかったか」という批判があるが、当時とてもそのような雰囲気になかったことは端目に見ても分かる▼首相が裸だと明らかになった7月が終わる。内閣改造後の残暑は過ごしやすいのか、はたまた止まらない汗が衆目にさらされることになるのか。

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2017年6月15日 (木)

教職課程コアカリ 忖度の「ミサイル教育」

 記事配信を本業とする本社としては本来、依頼メディアに記事掲載されてから論じるべきことかもしれない。しかし、それではパブリックコメント(意見公募手続)の終了後になってしまう。また報道の最末端にいる者として、国家権力のチェックを怠ったことも正直に恥じ入らねばならない。

 教職課程コアカリキュラム(コアカリ)に関して14日夜、上智大学で緊急シンポジウムがあった。25日が期限のパブコメを出す際の参考にしてもらおうと開催されたものだ。

 コアカリの策定、もっと言えば再課程認定で文部科学省が何を狙っているかは、この際おいておこう。各論に問題は多々あるにしても、本社は必ずしも課程認定の厳格化に総論として反対するものではない。

 看過できないのは、シンポで指摘された以下の点だ。3月の第4回「教職課程コアカリキュラムの在り方に関する検討会」の案には、学校安全の到達目標の一つに「生活安全、交通安全及び災害安全等の各領域の安全管理並びに安全教育の両面から具体的な取組を理解している」とあった。

 それがパブコメの案では「生活安全、交通安全、災害安全の各領域や我が国の学校をとりまく新たな安全上の課題について、安全管理および安全教育の両面から具体的な取組を理解している」(傍線はシンポ報告者のレジメによる)に変更されている。

 報告者は「これ(傍線部分)が何かは混とんとしている」と控えめだったが、会場に参加していた文科省の審議会行政にも詳しい研究者は「ミサイルのことに決まっている」と喝破した。確かに最近、北朝鮮のミサイル発射を想定した自治体の避難訓練に学校も巻き込む例が増えてきている。

 もちろん手続き上は問題がない。座長一任を取り付ければ、その後に事務局と相談の上で修正が加わるのはよくあることだ。しかしそこに当該検討会はおろか中教審等でも一切議論されていないことがたくし込まれたとすれば、やはり政権の意図を疑わざるを得ない。

 思い起こされるのが、以前論じた「解釈改訂」だ。当時の下村博文文部科学相は学習指導要領本体の改訂を待たずに、解説を一部改訂して「領土教育」を盛り込むという異例の措置に出た。

 パブコメを受ける格好で、政権の意図を体現しようとしたこともある。次期指導要領の「海洋教育」のことだ。以前の社説で紹介した通り一部中教審委員の異論を受けて、結果的には現代的課題ではなく社会科等に位置付ける形で落ち着いた。

 文教行政に政治的な意向をこっそり反映させることは、今に始まったことではない。しかし森友・加計の両学園問題で注目された忖度(そんたく)がまん延している証左とみることもできよう。誰が行政をねじ曲げているのかは、明らかだ。それも形式上は「正当」な手続きを踏んだ上で、である。

 本社はもともと、パブコメの実効性に期待していない。反対意見が多く寄せられたとしても、どうせ聴き置かれるだけなのは今に始まったことではないからだ。「ミサイル教育」にしても、支持する国民はあろう。しかし安倍一強の下でどのような政治が進められているのか、たとえ細事であっても書かずにいられない。

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2017年6月10日 (土)

【内側追抜】某省内部文書問題

大臣に徹底調査するよう指示したんですよ。あたくしと側近を忖度しようともしない文書を共有した者は、夏の人事で徹底的に干すようにと。

      ――某首相

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2017年5月28日 (日)

【社告】本社社員出演情報

  29日(月)朝の日本テレビ系列『スッキリ!! 』で8時以降、本社解説委員のコメント(録画)が使われる予定です。テーマは「中学生のカバンが重い!」。

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2017年5月26日 (金)

【社告】本社社員出演情報

 20時55分ごろ、首都圏ネットのFMラジオJ-WAVE(81.3mhz)『JAM THE WORLD』(パーソナリティー=青木理氏)のコーナーに本社論説委員が出演を予定しています。テーマは「教教員の長時間労働について」。

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2017年5月17日 (水)

高大接続改革 本丸は「入試」ではなく「教育」

 文部科学省が「高大接続改革の進捗(しんちょく)状況」を発表し、「高校生のための学びの基礎診断」「大学入学共通テスト」(いずれも仮称)と2021年度大学入学者選抜実施要項の実施方針等の案をパブリックコメント(意見公募手続)に掛けた(6月14日まで)。

 6月いっぱいの策定が「年度初頭」に当たるのかどうか疑問だが、そもそも「目途」と逃げを打ってあったのは「霞が関文学」の真骨頂である。しかし、これまでの経緯を振り返っても、なかなか「進捗」しない状況には苦笑せざるを得ない。

 今さら共通テスト案の妥当性を論じるつもりはない。既に文科省自身、修正が効かないほど周辺政策も含めガチガチに固めて動き出しているからだ。「10年かけて育ててほしい」という担当者の説明は、本音だろう。かつて本社も配信記事で「10年後」を展望して論じた。

 高大接続には「入試接続」と「教育接続」があるとの説に従えば、入試接続はこの際どうだっていい。個人の人生にとっても社会への人材輩出にとっても、教育接続を進めることの方が絶対的に重要だからだ。

 その点、大学側は既に18歳人口減の再本格化を控えて「三つの方針」(3ポリ)改革に血眼になっている。「入試が変わらないと変われない」とうそぶいていた高校側も、高大接続改革論議の効果も相まって変わらなければいけないという機運が出てきた。

 大学教育と高校教育がコンピテンシー(資質・能力)ベースで転換してくれば、その間にある大学入学者選抜もコンテンツ(学習内容)ベースからの転換を余儀なくされるはずだ。どういう入試をするかは、技術的な問題でしかない。その技術論でいつまでも迷走しているのは、入試接続のわなに文科省自身が陥っているようなものである。

 過度の入試依存は、大学入学経験者の人生にいびつさを与えてきた。若い時期にどこの大学を出たかで人間の価値が決まるはずはないのに、世間ではいまだに偏差値信仰がこびりついている。

 少子高齢化やグローバル化をはじめとした社会の変化を、深刻に受け止めるべきだ。今こそ教育に注力し、少数精鋭で有意な人材を輩出しなければならない。それは決して国や経済のためという矮小化された戦略ではない。現行憲法の保障する幸福追求権の実現であり、改正教育基本法さえ追認した平和で民主的な国家の理想の実現である。

 幸か不幸か、本丸であるべき入学者選抜実施要項はザルのようなものである。3ポリ改革の自由度を縛らないための配慮でもあるのだろうが、それだけに大学側は真剣にアドミッション・ポリシーに基づく入学者選抜の在り方を模索してほしい。

 それは当然、入学後の教育につなげるための手段でしかない。「高大連携」で高校側へ正確なメッセージとして伝えることから、教育接続への第一歩が始まろう。国に頼っても、資金を出してくれないばかりか口ばかり出されたあげく混迷に巻き込まれるだけである。

【過去の社説】
高大接続テスト 先送りでも済まない「全入時代」の入学者選抜 (2010.11.25)
大学入試の抜本改革はセンター試験の廃止から(2011.1.16)
「終焉」した大学入試に対応が急務だ(2012.2.11)
大学改革実行プラン 「衝撃」は軽視できない(2012.6.8)
高大接続諮問 受験競争が無になる大改革だ(2012.9.2)
実行会議4次提言 半年遅らせただけの「大改革」論議(2013.11.2)
大学入試改革 「人物本位」は誤解を招く(2013.11.9)
大学入試改革 各方面で「覚悟」を(2013.11.21)
「発展レベル」テスト まずは必要性と緊急性の共通認識を(2014.6.21)
〔戦後100年へ③〕高大接続改革 「入試」から決別する時だ
(2015.1.4)
「基礎学テ」をセ試改編の「高大接続テスト」に(2015.7.3)
高大接続改革 あえてスケジュールにこだわれ(2015.12.30)
残念な複数回先送り 新テストの“入試接続”依存
2016.1.30)
高大接続改革 できることだけ着実に進めよ(2016.9.5)


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2017年5月 6日 (土)

【内側追抜】沖ノ島、世界遺産は条件付き

観光マインドが全くないイコモスも、がんだな。一掃しなきゃ駄目だ。

     ――某前某担当相

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