2018年1月 8日 (月)

【社告】本社社員出演情報

 9~11日、首都圏ネットのFMラジオJ-WAVE(81.3mhz)『JAM THE WORLD』のコーナー「CASE FILE」(19:30~19:35)に本社解説委員が3回にわたって録音出演を予定しています。テーマは「2018年問題」。

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2017年12月31日 (日)

【池上鐘音】失望続きの2017年

▼2017年は文部科学省の天下り問題をめぐり前川喜平事務次官の引責辞任で明けた。その後、加計学園問題の渦中に巻き込まれようとは当人も予期していなかったろうが、安倍1強体制の下で行政に忖度(そんたく)がまん延していることが白日の下にさらされた。面従腹背の愛すべき放言官僚が去っただけにとどまらず、後で振り返れば文教行政の変節点にならないかと心配だ▼その前川氏も大きく関わった新学習指導要領の義務教育諸学校分が告示され、解説書も発行された。前年末の中央教育審議会答申に沿ったものとはいえ、「ゆとり教育批判」の再燃を恐れるあまり学習内容の見直しを行わないまま「資質・能力の三つの柱」の枠を無理やり各教科等に当てはめ、かつ小学校英語の教科化をはじめ実質的に「量」も増やしたのでは、肝心の「質」が心配になる▼教育課程改革と車の両輪と位置付けられた高大接続改革も、目玉の大学入学者選抜の実施方針等が公表された。議論の迷走で肝心のテスト開発が遅れ、かつ理論的根拠の薄弱なことが露呈してきている。個別大学選抜でのコンピテンシー(資質・能力)評価も、どうなるか。何より「公平な入試」論の復活で「公正な選抜」理念が忘れられ、主体性・多様性・協働性のうち「多様性」がいまだに顧みられないのが残念だ▼両輪改革で、間違いなく教育現場の多忙化に拍車が掛かろう。中教審答申で議論が始まった「学校の働き方改革」は矢継ぎ早に緊急提言、中間まとめを出したが、まずは現場に努力を強いるものと言わざるを得ない▼その裏付けとなるべき来年度予算も官僚的には「改善」を勝ち取ったとしても現場にとっては「改革」に及ばないことは、先の社説で指摘した。「胡麻(ごま)の油と教員は絞れば絞るほど出るもの」だとでも思っているわけではないだろうが、結果的にそうなっている▼改革論議を聞いていて、何かと出てくるのが「教員志望の学生」だ。教員の質向上策としての教職課程改革のみならず、多忙化解消策のためのボランティア要員としてまで期待がかけられる。既にアルバイトの余裕すらなくなっているというのに▼そんな隙をついて忖度で文教行政を浸食しつつあるのが、北朝鮮のミサイル危機に乗じた「国民保護」対応だ。教職課程コアカリキュラムを皮切りに、第3期教育振興基本計画にも盛り込まれようとしている。憲法改正論議と相まって、本当に戦争の足音が学校に迫ってくるのではないかと心配になる▼年末が近づくにつれて失望感が増してくる中、来年こそはよい年にと思いたい。だだし現段階で、そんな展望を描ける状況にはない。教育こそが唯一の希望だと信じたいが、それを育む教員たちを案じるばかりだ。

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2017年12月29日 (金)

教師の働き方 「改革」には遠い

 中央教育審議会が報告した「学校の働き方改革」の特別部会中間まとめを受けて、文部科学省が緊急対策をまとめた。中教審総会の前には、2018年度予算案も閣議決定されている。少なくとも現状では、なお「改革」には程遠いと言わざるを得ない。

 もちろん中間まとめで、学習・生徒・進路指導など明らかに学校の業務以外に、これまで学校が引き受けてきた業務を14項目に整理し、学校が本来担うべき業務かどうかを「仕分け」(文科省)した意義は大きい。8月末の緊急提言で、教師の勤務時間の把握を求めたことに次ぐものだ。

 ただ、これも単に曖昧で済まされてきたことを、やっと明確化しただけにすぎない。しかも「基本的には学校以外が担うべき業務」と判定されたなら、明日にでも勤務から外されなければ道理が通らないはずだ。しかし登下校ひとつ取っても緊急提言が「連携を一層強化する体制を強化する」としているのは、何も言っていないに等しい。

 教師の本来業務はもとより、 「教師の業務だが、負担軽減が可能な業務」にしてもそうだ。負担軽減を言うなら、それ相応の予算措置が講じられてしかるべきだろう。ただ中教審の緊急提言を「受けた」文科省概算要求自体、義務教育費国庫負担金の総額をマイナス要求の範囲内に収めるなど不十分なものだった。しかも予算折衝では、小学校英語の加配要求が単年度2200人(9年間で6635人)から1000人(4年間で4000人)に圧縮された。中学校の生徒指導強化に至っては、500人(9年間で4100人)の要求に対して単年度50人という馬鹿みたいな数字だ。

 それでも省庁の論理からすれば、厳しい財政事情の中でも「改善」を勝ち取れたという評価になるのだろう。林芳正・文部科学相は閣僚折衝後の会見で①20年度段階での学級数減を見込んだ②標準授業時数を大幅に上回って授業をしている学校は、「働き方改革」の観点から現在の授業時数の範囲内で実施することが可能――という点から必要数を見直したと説明した。

 看過できないのは②だ。1998~99年告示の学習指導要領が実施直前になって巻き起こった「ゆとり教育批判」に対処するため、指導要領が「最低基準」だと突然言い張って教育現場に学力向上対策を求めたのは、いったいどこの省庁だったか。その結果、現場は標準時数以上の「確保」に奔走して学力向上の「V字回復」を果たしたが、それが多忙化に拍車を掛けたことは疑いがない。

 それなのに中間まとめには、「これまで学校現場に様々な業務が付加されてきた反省を踏まえ、今後、文部科学省において学校へ新たな業務を付加するような制度改正等を行う際には、既存の業務との調整や義務付けの必要性の検証、必要な環境整備等を行う必要がある」という一文さえある。いったい反省や検証は、いつするのか。

 もちろん、文科省の苦しい立場は分かっている。政権や文教族の後押しもないまま、徒手空拳で挑まなければならない状況に置かれているからだ。しかし、だからといって教育現場に努力ばかりを押し付けるのでは、進む改革も進まない。

 むしろ旧来の同省の行政手法が現下の課題解決に機能不全を起こしていることが露呈した、とみるべきではないか。ならば率先して「付加」した分の削減を提案するぐらいの覚悟が必要になろう。国民の総反発を招いても、だ。

 指導要領の改訂にしても、「質も量も大切」だとして実質的には質の分を大幅に増大させ、それに必要な条件整備は「死ぬ気で頑張る」と言った結果がこれだ。省や官僚個人を責めているのではない。予算獲得の見通しは暗い、という冷徹な現状認識をすべきであり、官僚的答弁ではなく、できないものは正直にできないと説明すべきだと言いたいだけだ。

 これはひとえに文教行政だけの責任ではないだろう。精神論だけで勝とうとした太平洋戦争末期の状況から、日本人の体質はなかなか脱却できない。国民学校が、その先兵を果たした教訓を忘れていないか。それで中間まとめも言う「日本型学校教育」の維持も何もあったものではない。

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2017年12月12日 (火)

【内側追抜】某勉強会で

わたくしは最近、反省ノートをつけ始めました。これで改めて首相の座を目指したいと思います。

      ――某元防衛相

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2017年12月 2日 (土)

【池上鐘音】「忖度」の本質

▼今年の「ユーキャン新語・流行語大賞」(自由国民社)年間大賞に、「インスタ映え」と並んで「忖度(そんたく)」が入った。当然だろう。選に漏れていたら、それこそ政権に忖度したかと疑問を抱かざるを得ない▼発端は籠池泰典・森友学園理事長(当時)が日本外国特派員協会で記者会見した際の発言だったが、事は「瑞穂の國記念小學院」、あるいは加計学園による岡山理科大学獣医学部の設置認可にとどまらない。政府全体に、安倍首相の意向を忖度する雰囲気がまん延していることだ▼加計学園問題で「総理の意向」文書を「なかったことにはできない」と証言した前川喜平・前文部科学事務次官は官邸ゴリ押しのもう一つの例として「明治日本の産業革命遺産」を挙げていたが、それだけではないだろう。本社説でもたびたび取り上げた「ミサイル教育」も、その一端でしかない▼霞が関通の間には、官僚が内閣の意向を忖度するのは当然だといった受け止めもよく聞かれた。それも昔から仕事のうちではなかったか、と。しかし問題の本質は前川氏が言うように、それによって「行政がゆがめられた」かどうかである▼その前川氏でさえ、在職時には表立って官邸に盾突くことはできなかった。「なぜ現役の時にやらなかったのか」という批判は関係者の間にも根強いが、とりわけ下村博文氏が文部科学相だった時にそんなことが不可能だったことは誰しも分かっていよう▼寺脇研氏との対談『これからの日本、これからの教育』(ちくま新書)では加計学園の設置認可を進め、文科省を批判してきたのが「規制緩和」論者であることを指摘している。財務課長時代の義務教育費国庫負担問題以来、規制緩和派の官僚に文字通り体を張って対峙してきたのが前川氏だ▼たとえ首相の直接的な指示がなかったとしても、官僚がその意向を忖度して適正なスキームを作って「国家権力の私物化」(同書)を正当化してしまう。そのことの方が恐ろしいし、民主主義の危機ではないのか。

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2017年11月30日 (木)

小中教員 9000億円タダ働き!?

 薄々分かっていたこととはいえ、改めて数字で説明されると驚くというより笑うしかない。28日に行われた中教審「学校における働き方改革特別部会」第8回会合の終盤、清原慶子・東京都三鷹市長の質問に答えて、文部科学省初等中等教育局の伊藤学司財務課長が回答した教職調整額をめぐる「試算」だ。

 公立学校の教員は、時間外手当が出ない代わりに教職調整額として給料月額の4%が上乗せされる。ただし、この割合は1966年の勤務実態調査で平均残業時間が月8時間だった時代に決められたものだ。

 「しっかり試算を出しているものではない」と断りながらも、伊藤課長が控え目に説明した数字はこうだ。約1.5兆円の義務教育費国庫負担のうち、教職調整額1%分は約120億円に相当する。4%なら500億円弱になる。

 昨年の勤務実態調査で明らかになった残業時間を教職調整額に反映させるとしたら、「小学校で30%近く、中学校で40%程度に」引き上げなければならない。そうなると、追加費用は国庫負担ベースで3000億円を超えるという。負担割合は3分の1だから、事業費はその3倍だ。もし教育調整額を残業代に切り替えるとしたら、割増が加わって更に25%増となる――。

 勤務実態調査では、小学校教諭の3割、中学校教諭の6割が「過労死ライン」にあることが明らかになった。今の学校は、そうした教員の献身的な長時間過密労働によって支えられている。それも、乱暴に言えば9000億円の「タダ働き」によってだ。もちろん、ここには全額が地方交付税措置による公立高校教員の分は含まれていない。

 とはいえ現段階では教職調整額を大幅どころか1ポイント引き上げることさえ、まったく期待できない。ましてや残業代に切り替えるなど、残念ながら非現実的だ。かと言って「働き方改革」で削減できる労働時間など、たかが知れていよう。

 財務省の財政制度等審議会は29日の建議で、教員の働き方改革について「まずは教員の業務の見直し」を求め、文科省の教職員定数改善要求をけん制している。もっとも毎年のことであり、今年はむしろ控え目な表現だから額面通り受け取る必要はないのかもしれない。

 しかし、そもそも9000億円のタダ働きをさせているのが実態だとしたら、せめて文科省の概算要求分ぐらいは全額認めるべきではないのか。単年度3415人、9年間で総計2万2275人の増といっても、自然減や若返りに伴う給与減を含めればマイナス要求でしかない。

 安倍内閣の姿勢も問われよう。もっとも教育無償化にばかり気を取られて、それどころではないかもしれない。そもそも「教育再生」への対策は済んだ話で、後は「実行」だけだと思ってはいないか。第1次も含め政権の無策が学校現場を再生どころか疲弊させていることに気付くべきだ――と言ったところで、モリ・カケ問題のごとく聞く耳を持たないだろうが。

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2017年11月18日 (土)

【内側追抜】男たちの悪巧みスピンオフ

――国会近くにある某ホテルのレストラン「HANAGAMI」(仮名)にて。

謎のゲスト「いやぁ、腹心の友には感謝するばかりだよ」

某首相「いやいや、野党もバカだよな。ぜんぶココでの酒飲み話なんだから、あたくしが指示したなんて証拠は出っこないんだよ。なぁ?」

他の一同「…」(お追従笑い)

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2017年10月30日 (月)

「いじめ対策」で教育は再生したのか

 文部科学省が先ごろ、毎年恒例の「問題行動調査」の結果を公表した。いじめの「認知件数」に関しては、いまだに「発生件数」と混同しかねない報道ぶりも目につくが、それはおいておこう。認知件数が増えたからといって即、「発生」件数が増えたわけではないことは言うまでもない。

 同調査の「いじめ」定義は、2013年6月に制定された「いじめ防止対策推進法」に基づいている。その上で、「いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする」と付け加えている。

 そもそも同調査がいじめを定義しているのは、調査のためである。それが独り歩きして、定義に当てはまらないものは「いじめ」ではないとか、いじめが解消したとか、しゃくし定規的な対応を過去に招いたことは否定できない。だから法律で定義が明確になったのは、悪いことではない。

 そこには、たとえささいなものであっても「当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」(2条)をすべて把握して早期発見・早期対応することが必要だという考え方が背景にある。もちろん、早期発見・早期対応の重要性を否定するものでは決してない。

 改めて問いたいのは、現在の「いじめ対策」が本当に有効な「いじめ対策」になっているかどうかだ。

 いじめ防止法の眼目は、「重大事態」への対処にあろう。しかし法律に基づく重大事態の「発生」件数が前年度の314件から400件に増えている「事態」を、どうみるか。もちろん、見過ごされていた重大事態が事前に「対策」できたという好意的な見方もできよう。ただ深刻な自殺事件が絶えないことと併せて考えれば、本当に対策が奏功しているとは断言できない。

 過去に論じた通り、いじめ「対策」は「いじめ」以外の対策が必要だ。日本の学校教育が学習指導と生徒指導を両輪で行うものであり、道徳教育も各教科等も含めた学校教育活動全体で行うことが「日本型教育」だと誇るのなら、その特長を生かす条件整備をしてこそ真の「いじめ対策」と言えよう。

 ましてや、三つの柱で資質・能力の育成を目指す新学習指導要領への準備が始まっている時である。アクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び、AL)の視点に立った授業改善を行うにも、学級集団の良好な人間関係が欠かせない。逆に、一人一人の多様性に気付かせ、お互いを尊重する契機にもできる。今こそ学習指導と生徒指導の両輪で子どもを育てることが、ますます求められよう。

 一方で、小学校の3割、中学校の6割が過労死ラインに置かれている教員の多忙化は深刻だ。教員自身にとって心身の健康の危機であるとともに、子ども一人一人に目が行き届ない恐れもある。中教審の「働き方改革」論議に期待したいが、現政権下での財政措置に限界があることは8月の特別部会緊急提言と、文科省の来年度概算要求を見ても明らかだろう。

 「いじめ対策」のための調査や報告に追われ、ますます多忙化に拍車を掛けては本末転倒だ。そもそも学習指導と生徒指導が両輪なら、生徒指導のうちの「いじめ対策」だけ取り出して対応すべきだという発想はいかがなものか。それより、いじめの起きにくい学校・学級づくりのための条件整備を、両輪で考えるべきである。 

 政権を奪還した安倍内閣が 「教育再生」実行の旗印の下、猛烈なスピード感で威勢よく成立させたいじめ防止法が本当に「防止」に役立っているか。来年で制定5年目を迎えるに当たり、改めて検証する必要があるのではないか。少なくとも「法律の通りやっていないじゃないか」と学校現場の尻をたたくばかりで、さらに疲弊させるような事態になってはならない。

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2017年10月26日 (木)

【社告】本社社員出演情報

 27日(金)19:00~21:49放送のフジテレビ系列『金曜プレミアム・坂上忍と大激論!ニッポンの危機 もう他人事ではない!あなたの生活を崩壊させる!?教育危機』に、本社解説委員がちょっとだけVTRで出演する予定です(「金八先生」が出てくるあたり)。

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【内側追抜】続・選挙の後

ガラスの天井を破ったかと思ったが、鉄の天井があるのを知った。せっかく鉄のカーテンで護憲派を排除したのに。

     ――某知事

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