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2008年2月

2008年2月29日 (金)

教科書検定は徹底した透明化を

 文部科学省の教科用図書検定審議会(検定審)は29日、総会を開き、検定手続きや検定基準の見直しの検討を始めた。沖縄戦集団自決をめぐる昨年の高校日本史検定が地元の反発を招き、改めて訂正申請させた上で承認するという混乱を受けてのことだ。出席した渡海紀三朗文科相は「透明性」と同時に引き続き「静ひつな環境」も守るよう求めたが、本社はむしろ21世紀型の検定として、徹底した透明性を求めたい。

 言うまでもなく教科書は「教科の主たる教材」(教科書発行法)として学校での使用が義務付けられており、多くの大人にとっても子ども時代のノスタルジーから思い入れは強かろう。その一方で、「うれうべき教科書問題」(1955年)以来、半世紀以上にわたって政治的な関心を集め続けていることも確かだ。とりわけ検定には、検定意見(かつては修正意見・改善意見)の不透明さや恣意性の問題がつきまとい、検定の合憲性と国の裁量権をめぐって3次32年にわたる家永教科書裁判がたたかわれたこともあった。

 不透明な検定過程を明らかにするため、かつては文部省記者クラブの加盟社記者が総出で申請本と合格後の見本本を読み比べて修正理由を同省にただし、教科書課長が記者レクで何時間もかけて延々と回答する、ということをやっていたそうだ(伝聞形なのは、本社がかつて所属していたような専門紙・業界紙は一切クラブに加盟できなかったからである)。そんな中から「侵略・進出」の誤報問題(82年)も起こった。

 2000年からは検定意見が教科書会社に対して文書で通知されるようになり、修正意見とともに検定前後の変更箇所まで同省ホームページにアップされている。「密室」とまで言われたかつての検定過程から比べれば、雲泥の差ではある。

 しかし、多くの同省審議会が記者などに公開されるようになっても検定審は原則非公開を貫き、部会や小委員会は議事概要すら作成されない。ホームページで「審議会情報」を見ても、大学設置・学校法人審議会と並んで何が議論されているのかさっぱり分からない審議会の代表例である。

 そうした過去の悪弊を引きずってしまったために起こったのが、昨年の沖縄戦問題であろう。そもそも未決の公判を根拠に検定意見をつけること自体、明らかに当時の安倍政権の意向に過剰反応した文科省サイドの勇み足であった。これについては、かつて文部省キャリアとして長く家永裁判を担当した菱村幸彦・国立教育政策研究所名誉所員ですら「沖縄戦の関連訴訟の判決前に、なぜ文科省が検定意見を付けたのか釈然としない点もある」(『内外教育』2007年12月7日付4面)と指摘しているほどだ。その検定意見を十分な審議もせず通してしまった検定審自体にも、体制的不備があったと言わざるを得まい。

 今は情報公開・説明責任が叫ばれている時代である。国民的関心事である教科書だからこそ、思い切って検定過程をオープンにすべきではないか。それによって検定意見や審議過程にも、いっそうの緊張感と良識ある検討が迫られよう。マスコミなどを巻き込んだ混乱を懸念する向きもあろうが、逐一公開すればかえって落ち着いた報道がなされることは、多くの審議会を見れば明らかだ。政治的な介入への懸念ということで言えば、密室の方がいっそう懸念は大きかろう。

 もとより教科書検定問題は、単に審議会の問題だけではなく、採択や供給、無償制度、準拠する学習指導要領、教科書調査官の人材確保・人事等々、教科書制度全体の中でさまざまな問題が複雑にからみ合っている問題である。その一つ一つについては今後、機会をとらえて論じていきたい。しかし、その存在があまりにも国民的関心事であるために、過剰なほどの扱いを受けてきたことも、また指摘せざるを得ない。そもそも一言一句に至るまで「正しさ」を求めることが、「知識基盤社会」(1月の中教審答申)における教科書のあり方として正しいのだろうか。社会に出れば、むしろ正解のない事態を解決しなければならないことの方がよっぽど多いのに。

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2008年2月27日 (水)

【社告】

◎お知らせ

 本社コメントが『北海道新聞』2月17日付第2社会面「ゆとりの行方―新学習指導要領案公表〈中〉」に掲載されていました。持つべきものは故郷と、大学の先輩。

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2008年2月26日 (火)

「教育再生」はもうご破算に

 政府は26日の閣議で、教育再生会議の後継組織である「教育再生懇談会」の設置を決めた。同日付で廃止された再生会議のフォローアップだけでなく福田康夫政権としても新機軸を打ち出したいものとみられるが、二重の意味で影響力は限定的なものにとどまらざるを得まい。

 「二重」の説明をするためにも、まず、発表された有識者委員の顔ぶれを見てみよう。再生会議から野依良治座長、池田守男座長代理の2人が入ったものの、10人のうち野依氏をはじめ6人が中央教育審議会の委員や経験者(専門委員、臨時委員も含む)。キャスターでの木場弘子・千葉大学特命教授は規制改革会議委員も務めるが、再生会議の委員だった白石真澄・関西大学教授に比べれば規制改革論者としての度合いは薄かろう。しかも、座長には中教審大学分科会長の安西祐一郎・慶応義塾長の就任が見込まれている。安倍晋三前首相に近い山谷えり子首相補佐官が引き続き会を統括するとはいえ、メンバーの多くが文科省系で固められたとなれば、無理を押して再生会議の提言を実現させることなど、現実的に不可能だ。その意味では、人選の段階で文科省の“勝利”と言えよう。これが、限定的な影響力の意味の一つである。

 しかし、利点は逆に弱点ともなる。それが、もう一つの限定的な影響力の意味である。

 国家財政の厳しい中では、教育予算を拡充しようとしても限界がある。それを打開しようとしたのが「教育振興基本計画」の策定であり、そのために文科省はそれまで及び腰だった教育基本法の改「正」にも踏み込んだ。再生会議にもそれを期待したふしがあるが、とりわけ懇談会には振興計画に弾みがつくような既成事実づくりを期待していることだろう。

 ここで、文科省系で固めた人選が災いしよう。福田政権の目玉となる何らかの提言ができたとしても、現段階では小粒なものか、実現可能性の低いものにとどまらざるを得ない。町村信孝官房長官が25日の記者会見で例示した幼児教育の無償化など財政当局がのめるわけがなく、提言に盛り込まれたところで総選挙向けのパフォーマンスにしかならない。

 結局、再生会議報告の実現という点でも、振興計画の先取りという点でも“つまみ食い”にしかならない。再生会議の方は実現しなくても何ら害はないが、旧教基法と引き換えにしてまで策定した振興計画が小幅なものにとどまったとしたら、甚大である。

 その意図や方向性は別として、再生会議は良くも悪くも教育を「社会総ぐるみ」で変えようとした。教育政策の行き詰まりを打開するためには、それくらい何らかの手立てが必要であることは認めざるを得ない。しかし、それは再生会議のように床屋談義の思いつきで可能になるものではないし、実現可能な目玉政策の寄せ集めでできるものでもない。

 たとえ名前を借りるだけにせよ、「教育再生」はもうご破算にしよう。そして、新たに「社会総ぐるみ」で教育を充実させるような文教政策の戦略を練るべきだ。そうでなければ、いつまで経っても行き詰まりは打開できず、苦しむのは結局、現場である。

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2008年2月20日 (水)

全国学力テストは任意参加に

 自治体で唯一、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)に参加しなかった愛知県犬山市教育委員会が19日、2008年度も不参加の方針を決めた。正式決定までにはまだ曲折があるようだし、首長との関係など教育委員会制度の根幹にかかわる問題をも含んでいるが、それについては後日改めて論じよう。ここでは、全国学力テストそのものを任意参加にすることを主張したい。

 文部科学省の説明によると、全国学力テストは①国が全国的な学力・学習状況を把握・分析し、教育の結果を検証し、改善を図る②各教委、学校等が自らの教育の結果を把握し、改善を図る③各学校が児童・生徒の学力・学習状況を把握し、教育指導や学習の改善等に役立てる――ことを目的としている。私立に対しては積極的な参加を呼び掛けるにとどめたものの、国公立については原則として全校に参加を求めている。

 しかし、国が教育政策の改善を図るために行うのであれば、多くの教育社会学者が指摘する通り、かつての教育課程実施状況調査のような抽出調査で十分である。各教委や学校が改善のためのデータを得るためならば、犬山市教委のように、独自の教育改革に対応した独自の検証方法が認められてよい。

 ここで、なぜ全国学力テストの構想が生まれたかを思い起こしてみよう。提唱されたのは、2005年10月の中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を創造する」であった。ありていに言えば同答申は、国が教員給与の2分の1を負担していた義務教育費国庫負担制度(義務教)を「守る」ために検討したものである。そのために持ち出された根拠が、学習指導要領などの「インプット(目標設定とその実現のための基盤整備)」と「アウトカム(教育の結果)を国の責任で検証し、質を保証する教育システム」の必要性である。「プロセス(実施過程)」は市区町村や学校に分権しながらも、国の権限はしっかり維持・強化しようというものだった。このアウトカムの方策として提言されたのが、「全国的な学力調査の実施」だった。

 ただし本社は、義務教の廃止を主張するスタンスを取らない。むしろ制度の堅持と、国による条件整備の強化を求めるものである。しかし、だからといって、教育結果の検証まで国が責任を持って逐一行う必要はないと考える。条件整備についても、あくまで政策誘導の一環としてとらえるべきだ。そもそも周知のように、義務教は中教審答申にもかかわらず、小泉純一郎政権下の政治判断により2006年度から3分の1に引き下げられた。本来ならば「3分の1」負担時代の地方分権を改めて議論しなければならないところだが、中教審答申では全額負担論まで打ち出してしまったくらいで、2分の1に戻す立場を変えない以上、そうした議論はできようもない。

 全国学力テストに関して言えば、国公立小・中学校の原則参加を降ろしたところで、おそらく参加率はそう下がるまい。何より多くの自治体や学校自身が全国レベルでの比較を求めているし、現行指導要領の本格実施に併せて全国で学力向上の取り組みが盛んになっていた時には、教育課程実施状況調査の問題と結果を使って自校の成果を検証していた学校が少なくなかったからだ。

 「習得」はもとより「活用」の力まで測定できる全国学力テストには、教育課程実施状況調査以上のニーズがあろう。任意参加にしていくばくかの参加料を徴収すれば、財政削減になるだけでなく実施主体の国立教育政策研究所も潤うと思うのであるが、いかがだろう。

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2008年2月17日 (日)

10年後の改訂論議を今から

 新学習指導要領の改訂案がようやく発表されて、これから告示だというのに「10年後」のことを考えろというのは、かなり的外れのように感じられるだろうか。しかし、現行指導要領の前段階からの推移を思い返すだけでも、教科再編も視野に入れた本格的なカリキュラム論議を求めたい。

 これまで指導要領はほぼ10年に1回、改訂されてきた。10年というのは教育の安定性を確保しつつも、時代の要請を取り入れるには程よいサイクルであるが、現実的なスケジュールでもある。新指導要領が告示されると、その趣旨を教育委員会や学校現場に周知させる時間が必要なのはもちろん、「主たる教材」である教科書を用意するため編集に1年、検定に1年、採択に1年の計3年かかる。そうして数年実施してみて、課題が見え始めたころに「では、そろそろ検討を……」となり、中央教育審議会や旧教育課程審議会で数年の審議を経て答申、告示と経る間にちょうど10年が経っている、というわけだ。

 言うまでもないことだが、教育政策は時々の社会や政治の状況に左右される。改訂の基本方針も、その10年サイクルに当たるころの状況で決まるのだ。現行指導要領で言えば、1997年に中教審が「〔生きる力〕と〔ゆとり〕を」のキャッチフレーズで答申を行った時は、まだ大学や高校の受験競争激化が問題とされていた頃で、いじめ自殺問題の続出やオウム事件の教訓から「心の教育」の重要性なども叫ばれていた時期だ。加えて、完全学校週五日制の実施は関係者の間では既定路線と目されていた。その「21世紀を展望した我が国の教育のあり方について」を答申した数年後に学力低下批判が起ころうとは、さすがに「展望」できなかったが。

 さらにさかのぼれば、学校週五日制の実施も90年ごろには避けられない路線とされながら、月1回(92年9月から)、月2回(95年4月から)と、世間の反応を見ながらそろりそろりと拡大されてきた。ようやく完全五日制にしても抵抗はないと見定めた頃に、改訂時期である。建前上、現行指導要領は五日制を前提にしたということになっているが、実際には無理な教育内容の「一律3割削減」をせざるを得なかったのは、記憶に新しい。

 現行指導要領の一つ前、89年告示の指導要領が本格実施となった当時、文部省の担当者は「次にやるなら小学校英語だろうね」と語っていた。しかし、「次」に当たる現行指導要領の改訂論議では五日制対応に追われて、それどころではなくなった。しかも環境、福祉など「現代的課題」に対する要請もあり、それがすべて「総合的な学習の時間」に負わされた。そういう点でも、現行指導要領は必ずしも教育課程の体系的な吟味が十分になされたわけではなかった。

 そうした反省もあって、2001年の省庁再編に伴う「新・中教審」(旧教課審などを統合)の発足当時、「10年」にこだわらず指導要領を充実・改善しようという「学習指導要領の不断の見直し」が打ち出された。確かに2003年12月の一部改訂は「不断の見直し」の一環であるが、結局は学力低下批判の対応に追われた苦肉の策と言えなくもない。今回の改訂で理数系を中心に一部内容が復活したのも、安易に削られたものを戻したという色彩が濃く、体系的な吟味から戻したわけではないようだ。

 一方で、PISA(経済協力開発機構=OECD=の「生徒の学習到達度調査」)に見られるように、国際的には学校で何を学んだかではなく、社会に出てから通用する「リテラシー」が求められている。将来を考えれば、これに対応するカリキュラムが不可欠だ。学力低下批判で文科省が「ゆとり」の看板を降ろしても「生きる力」の方は降ろさなかった理由は、そこにある。

 しかし、前回改訂で削った内容を復活させつつ、更に「活用」や「探究」の学習活動までを各教科に求める、というのは、標準授業時数を多少増やしただけでは無理があろう。それでも無理を押さねばならなかったのが、悲しいかな現在の「状況」である。実行のツケは結局、現場に負わされた格好になったことは否定できまい。

 今回のような轍を再び踏まないためにも、教科再編も含めた本格的なカリキュラム改革研究に、改めて着手すべきだ。それも従来のように、研究開発学校の成果と世間の反応や“永田町”の意向をうかがいながら、というような程度では、とても済むまい。実行可能性はさておき、オープンな形でさまざまな改革論議や試行を行い、教育界の総力を挙げて知恵を絞り、未来型のカリキュラムを構想する必要がある。そのための時間は、10年でも足りないのではないだろうか。 

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2008年2月15日 (金)

もうやめよう、「ゆとり教育」論議

 小・中学校学習指導要領の改訂案が15日、発表された。これから1カ月、初のパブリックコメント(意見公募)に付された後に正式決定する運びだが、実質的にはこのままの形で月末に告示されるとみて間違いはない。2011~12年度の全面実施に向けて「習得」「活用」「探究」の本格的な授業研究に着手することが今後、学校現場に求められる。しかし、各マスコミには相変わらず「『ゆとり教育』路線を軌道修正」「ゆとり教育からの脱却」といった報道振りが止まない。「円周率『3』を『3.14』に戻した」と、またぞろ誤解を再燃させる報道すらある。これでは、世間と学校現場とのギャップをいっそう拡大させるばかりだ。改訂を機に、不毛な「ゆとり教育」論議にも終止符を打ちたい。

 「ゆとり教育」がもともと行政用語でなかったことは、2月1日付の本社説で指摘した。確かに現行指導要領の改訂案が発表された98年11月19日の新聞報道には既に「ゆとり教育」という文字が見られたが、これはあくまで「〔生きる力〕と〔ゆとり〕」(96年中教審答申)というキャッチフレーズを基に、新聞社が付けた見出しだ。しかも当時の報道の多くは、その理念をどう実現させるかを訴える、肯定的なトーンが強かった。それが、大学生に端を発した学力低下問題を契機に、評価もすっかり変わってしまった。

 今回の改訂案で、理数教科などの削減された内容が復活したり、標準授業時数が増やされたりしたことは間違いない。だが、仮に現行指導要領が目指したものを「ゆとり教育」と呼ぶとしても、内容復活や字数増をもって「脱“ゆとり”」と表現することは、分かりやすいが、ミスリード以外の何者でもない。

 冒頭でも少し触れたが、今回の改訂の要は知識・技能の「習得」「活用」「探究」を核とした授業改善にある。決してかつての“詰め込み教育”に戻すものではないし、ましてや「総合的な学習の時間」の意義を否定したものでもない。しかし、「ゆとり教育」か「脱“ゆとり”」か、といった粗雑な論議の中では、新指導要領が何を目指しているのかさえ理解できまい。趣旨を正しく受け止めるべき教員も、多忙化と学校バッシングの中で思考停止を余儀なくされ、「学力テストの点数さえ上げればいいのだろう」と安易なドリル学習に走るばかりだ。

 日本でもPISA(経済協力開発機構=OECD=の「生徒の学習到達度調査」)の成績に、関心が高まっている。しかしPISAが問うているのは、用語の是非はともかく、内容的にはまさしく「生きる力」だ。無秩序にさえ見える国際競争に投げ出されるこれからの子どもたちに、文字通り生き抜いていく力をつけさせることを考えるべきなのに、今はそんな雰囲気はまったくない。完全学校週五日制が始まる前、「合校(がっこう)」論など社会全体で協力して学校教育を良くしていこうという論調は、いったいどこへ行ってしまったのか。

 改訂案を発表した渡海紀三朗文部科学相自身が、記者会見で「『ゆとり教育』と言われていた教育の反省があってしかるべきだ」と説明する始末である。もっとも、この間の文科省の説明も、決して的を得ていたとは言えない。不毛な論議であることを一番よく分かっているのは文科省であろうが、だからといって世間の批判がやむのをひたすら我慢し、教員向けにはパンフレットでこっそり「(生きる力という)『理念』は変わりません」と説明するのでは、ギャップの解消など到底望めまい。

 これからは教員定数などの条件整備面も含めて、どうしたら学校や授業がよくなるのか、具体的な論議を、本音でするべきだ。教育界にもいろいろ見直すべき点はあろうが、「ゆとり教育」なる抽象論でクレームをつけたところで学校が決して良くなるはずはないことも、世間に対して訴えていきたい。

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2008年2月 8日 (金)

不毛な対立、「日の丸・君が代」

 東京地裁は7日、卒業式などで君が代斉唱時に起立しなかったことを理由に再雇用を拒否された東京都立高校元教職員らの訴えを認め、都教委に対して賠償を命じた。ただし、起立の徹底を求めた都教委の通達や校長の職務命令については、「思想や良心の自由を侵害しない」として違憲・違法性を否定している。判決の中で、都教委が「不起立を極端に過大視」していると指摘していることに注目したい。日の丸・君が代をめぐって歴史的・地域的にさまざまな経緯や事情があるのは承知の上で、これを機に、そろそろ不毛な対立を終息させたいものである。

 「不毛」という表現には、賛成派・反対派の両方から反発があろう。それもまた重々承知している。教育政策が政治や運動と無関係ではないことも、飲み込んだ上でのことだ。

 文部科学省が学習指導要領で「国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定し、それに基づいて教育委員会が教職員を指導することは、了解せざるを得まい。指導要領の法的拘束力については旭川学テ最高裁判決(1976年)などを経ておおむね妥当性が認められてきたし、国旗・国歌法の成立(99年)によって日の丸を「国旗」、君が代を「国歌」とする法的根拠もできた。国際社会に貢献する人間の育成という観点で、その国の国旗・国歌に敬意を払う態度を培うというのも、理解できよう。

 その上であえて指摘すれば、なぜ「日の丸・君が代」ばかりなのか。指導要領違反というのなら、2006年末に全国の高校で発覚した「未履修問題」は何だったのか。国旗・国歌は教職員に起立や斉唱を強制してでも指導すべき問題であり、受験に関係ない必履修科目の指導は軽んじていい、というのは、いかにもバランスを欠いていよう。むろん未履修問題で処分された教職員も再雇用の対象から外す、というのなら別であるが。もっと言えば、かつて横行していた高校の日本史や世界史の教科書が最後まで終わらないことも(大抵はB科目の近現代史が犠牲になった)、なぜ指導要領違反として問題にされなかったのか。

 ここで国旗・国歌法制定時のことを思い起こす必要がある。広島県立世羅高校の校長自殺事件を契機に60日のスピード審議で成立した同法だが、国会審議や附帯決議の中で、児童生徒の内心や教職員の思想信条に立ち入るものではないことが確認されたはずだ。なお、わずか2条しかない同法では、国旗・国歌の尊重義務や遵守義務は規定されていないことにも、注意を要する。

 日の丸・君が代に否定的な考えを持っている北日本地区のある高校教員は卒業式当日、校長から司会役に指名されたという。「これじゃ立つも座るもない」と苦笑していた。各学校の実情に応じて、うまく「やり過ごす」知恵は、いくらでもあるのではないか。日の丸・君が代だけ焦点化して対立を激化させることは、一昔前ならともかく、今は不毛でしかない。それよりも今の学校現場にはもっと優先すべき課題が山積している、と言ったら、お叱りを受けるであろうか。

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2008年2月 6日 (水)

これで新教育課程は大丈夫か 教員の意識と実態

 新学習指導要領の告示を目前に控えて、衝撃的なデータが発表された。ベネッセ教育研究開発センターが4日に発表した「学習指導基本調査」の結果である。公立小・中学校教員の意識や実態を調べたものだが、二重の意味で新教育課程のねらいの実現に早くも暗雲が立ち込めた、と言っても過言ではない。

 昨年8~9月に行われた調査は今回が4回目で、約10年前(小学校1998年10~11月、中学校97年12月~98年1月)、5年前(小・中学校とも2002年9~10月)との比較ができるようになっている。つまり、「新しい学力観」指導要領(89年告示)下、現行の「生きる力とゆとり」指導要領(98年告示)下、「確かな学力」路線への転換後という、各時期の教員の意識が見て取れる、というわけだ。

 そこでは、この10年間で「子どもの個性や自主性重視から、学力底上げ路線へ」(記者発表資料)という教育観の変化が、如実に現れている。不得意教科であっても、どの子にもできるだけ学力をつけようとしていることは、決して否定されるべきではない。各種調査にみられるように、この間の各学校の努力が低落の危機にあった学力水準を押しとどめ、多くの子どもたちにも勉強する成就感を持たせたことも、疑い得ない。

 しかし問題は、その中身である。5年前に比べて教科書に沿った授業や小テスト、自作プリントが増えたのはむしろ喜ばしいことだが、その代償として、体験活動や表現活動を取り入れた授業、調べ学習などは、軒並み減少している。総合的な学習の時間を「なくしてもよい」と考える教員は、小学校でも20%を占めるまでになった。

 当否は別として、今度の指導要領の下では「生きる力」の理念が継続される。それが国際的に求められている「PISA型学力」と相通じるものと位置づけているからだ。そこでは、「確かな学力」を基盤とした「生きる力」を身につけさせるために、全教科・領域等を通じて「習得」「活用」「探究」の学習活動をバランスよく行うことを求めている。つまり、総合学習をはじめとして現行教育課程で目指された学習のスタイルは、必然的に新教育課程の下でもいっそう充実させなければならないことになる。まして各教科・領域に表現や活用などの学習活動が入ってくれば、教科の垣根を低くしたカリキュラムづくりや授業づくりの視点が、ぜひとも欠かせなくなる。

 しかし、実際の現場の教員は、そうしたスタイルの学習から“逃避”したいと思っていることが、今回の調査で浮き彫りになった。これでは、新指導要領のねらいを実現するどころか、そのねらい自体を理解することなど、とてもできまい。

 もっとも、この点に関しては、教員ばかりを責める気にはならない。というのも、2つ目の深刻なデータ、勤務の多忙化も鮮明になっているからだ。中学校の教員を例に取っても、学校にいる時間は10年前に比べ50分増え、ほぼ12時間在校している計算。その上、家に帰っても1時間の「ふろしき残業」が待っている。くたくたに疲れる中で、睡眠時間は6時間を切った。「民間でも厳しさは同じだ」という声もあろうが、だからといって教員にも無理を強いていい理由にはならない。

 思い返してみると、現行指導要領の本格実施の直前は、絶対評価の本格導入で評価「規」準と評価「基」準の作成に追われ、落ち着いて新しい教育課程を準備する余裕のない学校も多かったろう。加えて、学力向上の要請と、「ゆとり教育批判」による学校・教員バッシングだ。日々の業務に忙殺されては、思考停止に陥っても不思議はない。指導要領の理念や具体的な手立てが共有されなかったのも、無理からぬところだったかもしれない。

 では、次期教育課程を成功させるためには、何が必要か。そう考えても、頭を抱えるしかない。財政削減・規制緩和・自由競争路線の下では、教育予算も教員も増やせない。バッシングは高まるばかり。これでは、疲弊する教員に無体を承知で「頑張ってください」と言うしかないではないか。

 希望があるとすれば、これまで「新学力観」や「生きる力とゆとり」の下での教育課程、さらには「確かな学力」路線の下で模索されてきた、良質な教育実践の蓄積だろう。もっと言えば、戦後以来延々と築き上げてきた実践の蓄積の中にも、今後に生かせるヒントがあるのではないか。失効間近のペーパー教員が偉そうに言える立場ではないが、この間の学力向上の取り組みを管見するに、生活科や総合的な学習の時間などに熱心に取り組んできた学校ほど、「生きる力」につながる学力への展望が見えていたように思う。そうした学校なら、新教育課程への対応も比較的スムーズなはずだ。むしろ、これまでの学校現場の努力に、胸を張っていい。

 大幅な条件整備が見込めない現状では、本社としても残念ながらこれ以上のことは言えない。ただただ、応援してますよ、教育界に対する世間の目が少しでも温かくなるように、微力ながら細々とでも社論を訴えていきますよ、と空手形を切るばかりである。

【訂正とお詫び】当初アップ記事中、「(98年告示)の実施直前」は誤りでした。お詫びして訂正します。

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2008年2月 2日 (土)

教職員定数改善 よほどうまく運用しないと

 政府は1日の閣議で、公立小・中学校などの教職員定数を算定する義務教育標準法の改正案を閣議決定した。昨年末の予算編成で決まっていた通り、2008年度は主幹教諭の配置を中心に1195人の改善を図る。しかしこれが本当に「子どもと向き合う時間の拡充」(文部科学省説明資料)につながるかどうかは、各学校の相当な努力と工夫にかかっている、と言わざるを得ない。

 改善の内訳は、①主幹教諭の配置1000人②特別支援教育の充実171人③栄養教諭の配置24人。現在の義務教育費国庫負担(教員の給与負担)は「総額裁量制」により都道府県の柔軟な運用が可能になっているとはいえ、改善のほとんどが主幹教諭に充てられていることは動かし得ない。

 主幹教諭は東京都など一部自治体で先導的に設置されていたが、2007年6月の学校教育法改正で法的に制度化。校長・教頭以外はみんな“ヒラ教員”という鍋ぶた型組織をピラミッド型に改善し、機動的な意思決定と実行ができるようにすることを目指している。

 では1000人の改善によって、すぐに学校現場がよくなるのか。指摘したように、主幹教諭の眼目は学校マネジメントの改善にある。持ち授業時間数は他の教員の半分程度に減るだけで、実際には従来の教務主任クラス程度の優遇でしかない。その中で“中間管理職”として、学校運営、実践の両面に気を配らなければならない。

 しかも1000人という数字は、計3万3000校余りの公立小・中学校数から見れば3%に過ぎない。しかも教員定数は児童・生徒数の減少に合わせて自動的に減るものであり、「改善」とはその自然減の分をくい止めるという意味しかない。つまり、わずか3%の学校で教員が1人減るのを抑える代わりに、大変な仕事を担ってもらおうというわけだ。

 もっとも、定数改善に関しては文科省ばかりを責められない。そもそも2006年6月の行政改革推進法では、教職員の総数を自然減以上に純減させることが決められている。昨年夏の概算要求段階で文科省が7000人余りの定数改善を要求したこと自体が、財務当局にとっては“暴挙”と受け止められた。学教法改正をタテにようやく7分の1でも改善が認めら、かつ非常勤講師7000人分の配置まで盛り込んだのは、現実的には大成果とすら言ってよい。

 後は、せっかく改善された人数をどう生かすかである。全学校数に対する割合もさることながら、増大する一方の校務運営に多くを担ってもらうだけでは、二重の意味で“焼け石に水”になるだけだ。ちょうど新学習指導要領の告示が迫る中で、新教育課程への準備も始めなければならない時期である。これを機会に、組織運営マネジメント、カリキュラムマネジメントを一体化することで、学校のあり方そのものを総点検しなければ、今後の学校は立ち行かないだろう。

 具体的にどうすればいいかは、残念ながら、全国の学校現場で英知を集めるしかない。いくら行政を批判しても、現状はわずかな定数改善が関の山だ。“上から降ってくる”教育課題に粛々と対応するだけでなく、自らの学校の状況や課題を基に、大胆に組み替えていく姿勢が求められよう。そうしなければ職場や教員の命すら守れない時代が到来している、と言っても言い過ぎではないように思えてならない。

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2008年2月 1日 (金)

「教育界」に遺恨を残した教育再生会議

 政府の教育再生会議(野依良治座長)が31日、最終報告をまとめた。内容はこれまでの3次にわたる提言を列挙したもので、現場レベルでの「実効性」を求めた以外に新味はない。フォローアップのための後継会議は来月中にも設置される見通しだが、教育改革に熱心でないと目される福田康夫政権の下では、影響力を発揮できる可能性はほとんどない。1年3カ月にわたって「教育界」に激震をもたらし続けてきた同会議は、とにもかくにも実質的な終えんを迎えることになる。

 「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍晋三前首相が主導して設置した再生会議は、同首相の在任時には絶大な存在感を示した。マスコミから「素人の放言」「床屋談義」などと揶揄(やゆ)されながらも、文部科学省はその影響力を無視し得ず、得意の手練手管を使って、水面下で会議の“暴走”を抑えることに腐心しなければならなかった。

 しかし昨年9月の突然の政権交代で、状況は一変した。後ろ盾を失ったことが最大の要因だが、そもそも会議自体の設置根拠が、法律によった臨時教育審議会(1984-87年)と違って閣議決定であったことも、結果的には会議の弱点となった、と言えなくもない。

 影響力低下を象徴するものが、最終報告でも強調している徳育(道徳教育)の「教科化」だ。文科省の中央教育審議会は、教育課程部会の「審議のまとめ」(昨年11月)段階でこそ賛否両論の併記で検討の余地を残したものの、今年1月の答申では穏やかな表現ながら、教科化提言を突っぱねている。というよりも中教審副会長で教育課程部会長の梶田叡一氏(兵庫教育大学長)が教育各誌のインタビューで明らかにしているように、もともと教科化の可能性を探ろうなどという雰囲気は、中教審になかった。

 「再生会議ナッシング」は、そんな日向のみならず日陰でも進行している。中教審答申をよく読むと、教育3法改正の経緯を説明したくだりで、その直接の契機を教育基本法の改正とするばかりで、再生会議の提言には一言も触れていない。こんなところにも、無体な放言に手を焼いてきた文科省サイドの本音が、図らずも表れている。

 同省のみならず教育界には総じて評判の良くなかった再生会議がようやく「終わってくれる」ことで一安心できるかというと、そうは言えまい。政府関係の公式文書としては初めて「ゆとり教育」という言葉を使ってその見直しを迫り、教育界を「悪平等」「形式主義」「閉鎖性・隠蔽(ぺい)主義」(第1次報告)などと決めつけた批判は、ただでさえ学力論争で世間の信用が低下していた公教育、とりわけ公立学校教育に追い討ちをかけた。その残した傷跡は、関係者が思う以上に大きいと言わざるを得ない。信頼回復のためには新教育課程の実施をはじめとして多大な努力が、好むと好まざるとにかかわらず教育関係者に求められることになる。

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