首相補佐官交代 「教育再生」路線の払しょくを
1日の内閣改造で宙に浮いていた山谷えり子首相補佐官(教育再生担当)の処遇について、渡海紀三朗前文部科学相に交代させる人事が22日、ようやく発表された。山谷氏と言えば、ある意味で安倍晋三前首相の「お友達内閣」の象徴的存在だった。これを機に、本格的な「教育再生」路線の払しょくに取り掛かるべきである。
振り返るまでもなく、安倍流教育改革が関係者に与えたダメージはあまりにも大きかったと言わなければならない。前首相は「ダメ教師には辞めていただく」(『美しい国へ』文春新書)と、最初から現状に否定的な姿勢で教育「再生」に臨んだ。その主導で設置した教育再生会議(2006年10月~2008年2月)は、文科省から教職員組合に至るまでを「教育界」とひとまとめにして批判。公教育が「機能不全」に陥っているとまで決めつけ、いわゆる「ゆとり教育」をはじめとした世間の学校不信、公教育不信をあおる形で、自ら進めようとする「改革」を迫った。
「徳育」の教科化と検定教科書使用、バウチャー的な予算配分など、実現が抑えられたものもあるが、教育三法をはじめとして規定路線になってしまったものも少なくない。とりわけ教員免許更新制は今夏に予備講習が始まったが、2011年3月の最初の修了確認期限までにどれほどの混乱が生じるかは、予断を許さない。
文科省もこの間、行き過ぎた改革要求に抵抗しつつも、可能な限り安倍前首相の意向を踏まえた政策を立案してきた。新学習指導要領の各所にも、ストレートではないにせよ、その影響が色濃く反映していることは否めまい。
教育再生会議の後継組織である教育再生懇談会には「再生」の言葉が残ったものの、中央教育審議会委員やその経験者が過半数を占めるなど、似て非なるものと言っていい。担当者である首相補佐官の交代により、安倍前首相の影響は一掃されたと言っていいだろう。「大学全入時代」など同じようなテーマを扱っているように見えても、動機はまったく違うのである。
既に実行段階に入ってしまったものは、今後、施行の過程で修正を図ったり、思い切って見直しをしたりする必要がある。免許更新制の例で言えば、まずは10年経験者研修と一体化させた改善が急務だし、それを通して、10数年かけてでも廃止に向かうべきである。新教育課程の実施に関しても、現場の裁量で「教育再生」流の解釈から脱却すべきだ。
しかし、そうした制度や運用の見直しを別にしても、教育再生路線が残した傷跡は深いと言わざるを得ない。そのツケを払わされるのもまた、傷つけられた側だ。教育界はいまだ未曾有(みぞう)の逆風の中で事に当たらねばならないことを、よくよく覚悟しておかなければならない。
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