« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月

2008年11月29日 (土)

財政審建議 「過剰」なのはどちらか

 財政制度等審議会は26日、2009年度予算編成に関する建議をまとめ、中川昭一財務・金融担当相に提出した。文教予算に関しても詳細なデータや事例を示しながら、厳しい態度で臨むよう求めている。それ自体は「エビデンスベースト」(根拠に基づいた)の論議として歓迎したい。しかしその中身たるや、注目すべき指摘はいくつかあるものの、全体として粗雑なものにとどまっていることが、残念でならない。

 建議では教育予算について、国民の関心は投資額の多寡ではなく、学力や能力といった教育による「成果」にあるとする。それはその通りだろう。「教育予算額と子どもの学力には、必ずしも密接な関係はない」というのも、うなずける。対国内総生産(GDP)比についてもデータを挙げて「子ども1人あたりで見れば主要先進国と比べて遜色(そんしょく)はない」としているが、これはそもそも教育振興基本計画策定の折衝過程で文部科学省サイドが突然3.5%から5%への引き上げなどという乱暴な素案を持ち出したことに対する意趣返しであろうから、まずはおく。

 では、予算が要らずに学力を上げるには、どうすればいいというのか。建議が例示するのは、「早寝・早起き・朝ごはん、テレビも消して家族団らん」に取り組む山口県山陽小野田市の例で、資料編の2ページを使って紹介する熱の入れようだ。確かに同市のような学力向上の取り組みによって、教科学力の「基礎」はすぐに伸びよう。しかし、その後の「応用」や、国語や算数・数学以外の教科についても、基礎学力さえ伸ばせば、何の手当てもなしに時代が求める能力が伸ばせる、という展望があってのことなのか。同市のプロジェクトは陰山英男・立命館大学教授を総合監修者としているが、その陰山教授を教育委員に任命した大阪府の橋下徹知事と発想のレベルが同じだ、と言ったら言い過ぎであろうか。

 同様の論法は、指導力不足教員に関しても言える。公立小・中学校教員の0.1%に満たない認定数について、識者らのコメントを引き合いにしながら、まずは定員増より「質の確保」が先決だと断じている。もとより「問題教員」が1割前後いる、というのは、現場感覚としてよく聞かれることである。しかしそれが「排除」されるべき指導不適切教員なのか、研修等により改善を促す余地がある対象者なのかを、意図的にか無自覚的にか、混同している。

 建議の文章を読んでいると、これまでの規制改革会議(旧総合規制改革会議、規制改革・民間開放推進会議)や教育再生会議と通底していることに気がつく。要するに、学力低下をはじめとした世間の公教育に対する不信感を後ろ盾に、小泉流規制改革路線と安倍流教育再生路線に便乗して、教育予算抑制を訴えているだけに過ぎない。

 本社は、単に教育予算を増やせと主張しているのではない。教育現場の困難を直視し、その解決のための予算戦略を論議せよと言いたいのだ。財務省は財政を通して国家を担っていると自負しているはずだし、教育に関しても文科省に負けず劣らない見識を持っていると認識している。それだけに、財政規律の維持のためには何でも利用する、といった姿勢が残念でならないのだ。

 建議の中に、象徴的な一文がある。教育予算全般について第一に掲げられた、「本年発生した教員採用関係の事件に対しては、教員の世界の閉鎖性とともに、教員の過剰な待遇が、その背景として指摘されている」というくだりだ。教員給与の問題点については、別に論じたい。しかし、こうも言いたくなる。「過剰」なのは建議の論拠なのではないか、と。

にほんブログ村 教育ブログへ

 ↑ランキングに参加しています。奇特な方はクリックしていただけると、本社が喜びます

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月16日 (日)

高校の授業 改革の芽を潰すな

 小・中学校に比べれば、高校の授業改革ははるかに遅れている。学校ぐるみの授業研究も決して盛んではない。「教科の専門性」を口実に、個々の授業が「聖域」となってはいまいか。これだけ生徒が多様化しているにもかかわらず、自らのスタイルに拘泥し続ける教員も依然として存在する。もちろん、こうした決め付けが一方的に過ぎることは承知しているし、いい授業をしようと日々奮闘している教員が少なくないことも知っている。しかし、そうであるなら、なぜ多くの高校で「総合的な学習の時間」が小・中ほどの成果を上げられずにいるのか。これも一方的な決め付けを承知で言えば、「学力向上」路線にかじが切られたのをいいことに、嬉々として進学対策に力を入れているだけではないのか。

 いささか冷静さを欠いた筆致をお許し願いたい。それというのも、関東のある公立高校での先進的な実践が、直接には関係のない小事によって冷水を浴びせられたことに対する義憤からである。

 その高校は昨年度から教育委員会の指定を受けて学力向上に取り組んではいたが、4月に赴任した新任校長の下で「授業第一」を掲げた学校改革に着手していた。どこにでもあるような中堅進学校から、わずか半年で他校教員をも巻き込んで全国に「授業力」を問う研究発表会の開催にまでこぎつけた。取り組みは始まったばかりだが、県内マスコミのみならず教育専門紙・誌の全国的な関心も集めつつある。何より校内の機運が、教科を超えた生徒のための授業改善に向かって高まっている様子が、ありありと見て取れた。

 校長自身「学習方法の研究家」を自称し、教諭・教頭時代から在任各校で主宰してきた自主ゼミは、やがて生徒を「天才」にすることを標ぼうする講座に結実していった。ただし、ここでいう天才とは、一般の定義とちょっと違う。普通の高校生でも、天才になれるのだ。「学力とは人間力」「『天才』とは天賦の才ではなく、生き方」「『自分のためだけの学習』は品格のない学習」――。改定を重ねたオリジナルテキストにはそうした強烈なメッセージがあふれているだけでなく、やる気を出す方法、ノートの取り方、授業の受け方など、ノウハウも満載。大学受験にも対応できることを目指しつつ、底流にあるのは明らかに「人間教育」だ。100人を数える在校生会員はもとより、学校説明会を契機とした中学生向けのミニ講座でも、参加者に「勉強方法など今まで教えてもらったことがなかった」「人のために勉強すべきだ、と聞いてびっくりした」など強い印象を残したようで、「育てる生徒募集」に向かっての展望も開けつつあるところだった。

 その校長が、たった半年ほどで異動を余儀なくされた。それも1年前、前任校の教頭時代に起こした修学旅行中の職務専念義務違反と、その後の対応を理由にしてのことである。今年2月、教委に匿名の投書があり、当時の同校校長(3月で定年退職)が指摘の事実なしと虚偽報告。年度替わりでさたやみかと思われた7月に問題が再燃し、新任校の研究発表会で注目を浴びたタイミングで不祥事が記事になる、という不可解さだ。事情がつまびらかではないので軽々なことは言えないし、発覚した以上は先に論じた高校入試不正と同様、処分はまぬがれない。しかし報道の限られた記事を注意深く読むだけでも、昨春に横浜市立中学校の民間人校長が退職に追い込まれたような、内部告発による追い落としの典型ではないかという疑念がぬぐえない。

 いずれにしても今回の一件によって、その高校が着手した学校改革と、校長の授業改善の取り組みが、いささかも否定されることはないはずだ。何の意図があるのか分からないが悪意すら感じられる横やりによって、改革の芽が潰されるようなことがあっては、絶対にならない。

 幸いその高校は校長の処分が発表された翌日、教職員が結束して取り組みを一層充実させることを、学校名で宣言している。大いに期待し、今後も注目したい。また、校長の異動先も古巣の教委だというから、ある意味ではフリーハンドになれる好機とすら受け止められよう。実際、既にアイデアは豊富にあるようだ。高校教育自体を変える可能性を秘めた授業改善への動きを、学校の枠を超えて、県内のみならず全国に広げていってほしいと、願ってやまない。

にほんブログ村 教育ブログへ

 ↑ランキングに参加しています。奇特な方はクリックしていただけると、本社が喜びます

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月10日 (月)

「服装」入試の是非 社会の側も覚悟を

 神奈川県平塚市の県立高校入試で、過去3回にわたって選考基準にはない服装、態度などのチェック結果を基に、合格圏内にあった生徒計22人を不合格としていたことが先月末に発覚し、神奈川県教委は発表の翌日、同高の校長を事実上更迭した。ところが、県教委や高校に寄せられた1000件以上の意見は、約9割が前校長らを擁護するものだったという。しかし、この一件は「教育困難校」(課題集中校)一般のみならず、青少年対策をも含む重大な問題をはらんでいるように思えてならない。

 まず、個別入試や校長更迭に関して言えば、県教委の措置は妥当という以外にない。公立高校入試は都道府県教委などの入試要項に基づき、基準を明確に示した上で行われるものだから、たとえ入学を許可する権限を持つ校長であっても、「裏」の判定基準を設けることは許されない。実際に不合格という不利益をこうむった受検者が出ているのだから、一定の処分はやむを得ない。

 しかし、そうした法的・行政的な判断だけで納得できるものではないことは、多数の意見が寄せられる通りである。そもそも、この高校は毎年約100人の中退者が出ているという。ほぼ1学年分が消えていく数字だ。生徒指導の困難さは容易に推測されようし、「先生方の負担を軽減したかった。まじめな生徒をとりたかった」とする前校長の釈明は、悲鳴に近いものだったろう。

 同校は1980年の創立という。つまり、神奈川県で生徒急増期に「15の春を泣かせるな」の旗印の下に推進された「百校計画」(1973~87年度)で新設された高校だ。現在は深刻な生徒減少の中で、来年度は近隣校と再編統合されることになっている。

 最近では世間の注目も「学力向上」ばかりに向けられ、高校中退の問題は忘れられがちだ。いや、いわゆる困難校対策は昔も今も不十分なもので、結局は配置された教員の奮闘に任されるばかりだったと言っていい。もちろん、進学指導も生徒指導も「本務」に変わりはないという建前論はあろうが、あくまで建前である。ほかの困難校も含め、手厚い措置が検討されるきっかけとなることを願いたい。

 一方、高校は義務教育ではないのだから、堂々と服装や態度を選考基準に加えればいいではないか、という論も成り立とう。これも、原則論としてはあり得る。県民の支持があるならば、公立高校であっても可能であろう。学校側を擁護する意見が多数を占めているところからすると、昔と違って、そういう厳しさも許容されるような時代になっているのかもしれない。

 では、入試を厳格化すればいいのか。その先に起こる事態を、よくよく考えなければならない。

 もし生活態度なども含めた厳格な入試が一般化するならば、ほぼ希望者全入となった現在の高校に、大量の進学できない者が生み出されることになる。かといって昔のように、中卒者が満足する就職先が容易に見つかる時世ではない。それでもなお高卒資格取得の熱意を持つ者なら大検予備校やサポート校のような受け皿もあろうが、もともと学ぶ意欲を持てない者はどうするのか。

 これまで日本が欧米のように若年失業者の問題を抱えずに済んできたのは、高い進学率にあったという指摘がある。昨今の課題であるニート(NEET)にしても、教育(Education)や職業訓練(Training)を受けていればカウントされない。ここに来て若年失業者を増やすような施策は、時代に逆行するものと言わざるを得まい。ただでさえ安全・安心が失われつつある中で、青少年世代の非行、犯罪などを深刻化させる結果にもつながりかねない。

 大げさだと思うだろうか。確かに、自由の中で「緩み」もまん延する社会の中で厳しさも必要だ、という主張は、あっていい。しかし、その厳しさを指導することもまた不可欠であり、学校はそのための重要な場であるはずだ。教育界で注目されている「ゼロトレランス」(不寛容)にしても、一部ないし相当の誤解があるようだが、規則に従わない生徒を切り捨てることではなく、徹底的に指導するための手法であるべきだろう。

 深刻な青少年問題を抱える社会的コストを考えれば、困難校対策に予算を投入した方が、ずっと安上がりで、効果的なはずだ。しかし長く続いた構造改革・自由化路線や公教育・学校バッシングによって、教育の重要性がすっかり忘れられてしまっている。

 今回の一件は、そうした状況に対する重い問題提起だと考えるべきである。そうでなければ、更迭された前校長や学校に残された教職員と生徒たち、さらには中退者や不合格者たちも報われまい。「服装」入試の是非といっただけの論議に、安易に矮小(わいしょう)化させてはならない。社会の側にも、論じる「覚悟」が求められよう。 

にほんブログ村 教育ブログへ

 ↑ランキングに参加しています。奇特な方はクリックしていただけると、本社が喜びます

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 2日 (日)

高校改革調査 総合学科は「中身」で示せ

 文部科学相省は10月27日、「高等学校教育の改革に関する推進状況」(高校改革調査)を公表した。1993年度より毎年、個別の高校の特色まで一覧にした同調査は2004年度を最後に冊子の発行がなくなり、それ以降は概略を明らかにするにとどまっていた。4年ぶりの公表となった今回の調査には、時の流れを示す象徴的な結果がある。中高一貫教育校が調査項目のトップに据えられるとともに、その中高一貫教育校と総合学科設置校数が同数の334校で並んだことだ。

 そもそも以前の調査では、中高一貫教育校はあくまで「参考」扱いだった。実施形態の一つである中等教育学校が、制度的には「高等学校」と別種のものだからだ。しかし、実際には既存の高校から転換されたものがほとんどである。今回の発表は、各地における高校改革のメーンが名実共に中高一貫教育に移ったことを、図らずも示している。

 設置校数の推移からも、それは分かる。総合学科は15年かかって達成した数値だが、中高一貫教育校は10年しか要していない。国は両者とも「通学範囲(全国で500程度)に少なくとも1校」という整備目標を掲げているが、中高一貫教育校の方が先に達成することは確実な情勢だ。

 中高一貫教育校は当時の与謝野馨文相の“鶴の一声”によって創設方針が決まったものだが、「受験エリート校」(97年6月の中央教育審議会答申)にしないという大前提の下で、入試方法などに制限が加えられている。しかし現実には連携型を除けば、各都道府県の伝統校すなわち進学校が転換したケースが多い。各県にとっては、「真の」という修飾語付きでエリート校づくりに道を開いたものと言っていい。

 一方の総合学科は、普通科と専門学科に大別されてきた戦後の高校に、両者を総合するような“第三の学科”を設置するよう求めた91年6月の中教審答申を基に、具体的な検討が始まった。答申文にもあるように、当時は「受験競争の緩和」や高校中退の抑制が文教行政の大きな課題だった。さらに当時、埼玉県に端を発した業者テスト問題を契機に、「脱偏差値」の中学校進路指導改善と高校改革がセットで求められるようになった。総合学科はそうした高校改革の「パイオニア」として、今から冷静に振り返れば過剰なまでの位置付けと期待さえ与えられた。

 当時、文部省の担当者(職業教育課長)だった寺脇研氏には、90年度から始まった生徒減少期を見越して、高校再編を進める中で一気に総合学科を整備しようという目算があった。ただし、その後の地方財政の悪化は、実習施設の整備などに多額の費用がかかる再編にブレーキを掛けた。以降は、むしろ既存の専門学科を活用しながら高校数の削減を進める“方便”としての側面が強くなっていったことは否めまい。また、当初は文字通り寺脇氏の“腕力”によって進学校から総合学科に転換する例もあったが、今では隔世の感を抱かざるを得ない。

 総合学科への転換を希望する学校側にも、いわゆる底辺校を活性化したいという切実な願いが少なくなかった。しかし、転換したはいいものの、財政、人事の両面で設置者の十分な支援を受けられなかったところも、また少なくなかったろう。

 今や高校をめぐっては、生徒数がピーク時の3分の2に減る中で、いわゆる中堅以上の学校が進学指導に力を入れる一方、専門学科に昔と比べれば目的意識の明確な生徒が集まるようになったのと裏腹に、とりわけ中堅以下クラスの学校に課題が集中するようになった。残念ながら多くの総合学科高校も、そのうちの一つに位置付けられよう。転換前の学校の状況を引きずり、偏差値輪切り状態を克服できなかったためだ。

 もちろん、高校側だけを責められるものではない。何より総合学科には、先に挙げた通り設置者の多大な支援措置を必要とする。99年の学習指導要領改訂や普通科高校の多様化努力などにより、総合学科であること自体の相対的なメリットが薄れたことも、情勢の変化としてあるだろう。また、そもそも普職総合というコンセプト自体、当初から「おかゆ学科」と懸念されたように普通教育としても専門教育としても中途半端にならざるを得ないという制度的な限界も、設置の広がりと実践的な積み重ねを通して、残念ながら徐々に顕在化していったように思う。

 しかし、学力向上の必要性が叫ばれながら依然として学習意欲の低下が問題となっている中で、職業科目も学ばせつつ将来の夢や希望をはぐくみ、進路意識の形成とその実現につなげるという理念自体は、今でも意義を失っていないはずだ。もちろん、そのためには、かえって現行制度に固執するべきではないかもしれない。それでも、まだまだ改善の余地はあろう。

 今こそ総合学科には、生徒の教育という「中身」で、その底力を示してほしい。支援策が期待できない中で教員の奮起を促すのは誠に心苦しいのだが、本当の意味で可能性を示せるのも、また教育実践でしかない。世を挙げて進学校づくりに躍起となる高校改革の風潮に対して、再びパイオニアとしての存在意義を発揮してほしいと願うのである。

にほんブログ村 教育ブログへ

 ↑ランキングに参加しています。奇特な方はクリックしていただけると、本社が喜びます

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »