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2009年1月

2009年1月27日 (火)

【社告】

25日に逝去されました競輪の手島慶介選手(群馬75期SS)に、心より哀悼の意を表します。

不祥事による1年間の斡旋停止後、文字通り人が変わった競走とファンに対する姿勢で、特別(GⅠ)タイトルを取らせたい選手の一人でした。

    「教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説」社員一同(代表社員・渡辺敦司)

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2009年1月 9日 (金)

【池上鐘音】「闇」と映画祭

▼2008年の公開映画を対象としたキネマ旬報ベストテンが発表され、阪本順治監督の「闇の子供たち」は6位だった。ヨコハマ映画祭では入賞すらしなかったし、どうやらこれが各種映画賞での最高位となりそうである。しかし本当は国内のみならず、国際的にももっと高く評価されてしかるべき映画なのではないか。これは何も、阪本さんが大学の先輩だからというわけではない▼映画の直接のテーマは、児童買春や臓器移植をめぐる人身売買である。それだけに舞台のタイではバンコク国際映画祭での上映が中止になったし、正式招待されたチェコ・カルロヴィヴァリ国際映画祭でも描かれた内容が真実かどうかが話題になったようだ。だが、あえて断言すれば、そんなことはささいな問題でしかない▼映画上、他国で臓器移植を望むのは、まったく悪意のない日本の親である。そこにあるのは、ただ我が子を助けたいという思いだけだ。しかしその「善意」が、知らないうちに他人を犠牲にすることだってある。ましてやインターネットを通した「気軽」な悪意においては、なおさらだろう▼もっと敷延して考えれば、児童買春や臓器移植をやめさせれば問題がすべて解決するものでも決してない。「第三世界」という言葉は今や死語になりつつあるが、たとえ人命にかかわらないとしても、性的、経済的収奪は広く行われている。問われているのはそうした関係性であり、一人一人の主体性なのだ。対外のみならず、国内も例外ではない▼ラストシーンの意味は、単に「正義の味方」が加害者側であったということを意味するものではなかろう。観客自身が突然、自らの「罪」を突きつけられ、自己切開を求められる。そこまで受けとめなければ、真に阪本さんのメッセージを理解したことにはなるまいとさえ思うのは、解釈のし過ぎであろうか▼しかも映画自体は、ただの「社会派」にとどまらない。いかにも阪本さんらしいエンターテインメントの手法で、最初から最後まで観客の目をつかんで離さない。それだけ驚異的な「娯楽」映画だからこそ、低すぎる評価に憤然とせざるを得ないのだ。

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2009年1月 1日 (木)

2009年の教育界 “地殻変動”に備えよ

 「社会的存在が意識を規定する」と言ったのはマルクスであるが(『経済学批判』序)、「共産圏が崩壊して、マルクス主義の誤りは立証されたではないか」と言うなかれ。その「批判」(Kritik)としての意義は、現在も失われていないだろう。さて日本の教育界では、皮肉なことに“右イデオロギー”による安倍晋三元首相の教育再生路線が、人気という基盤を失って破たんした。しかし今、社会的存在の方を揺るがすような“地殻変動”が起こりつつあるように思う。学校「大」統廃合時代の到来だ。

 その予兆は昨年、中央教育審議会での2件の審議が始まったことからうかがえる。一つは「小・中学校の設置・運営の在り方」、もう一つが「中長期的な大学教育の在り方について」である。経緯は若干違いこそすれ、いずれも少子化の進行と財政削減の要請がその背景にあること、「教育の質」にかかわる問題と位置付けられていることで、共通する。

 小・中学校の統廃合はこの20年ほどで相当進んだように思えるが、データを見ると児童・生徒数に比べれば学校数はそれほど減っていない。公立小学校の児童は第2次ベビーブーム世代のピークだった1981年の1182万人から2007年には701万人へと約41%減ったにもかかわらず、学校数は1984年の2万4822校から2万2420校へと、10%も減っていない。その結果、1学年2学級未満の小学校が2校に1校を占めている。。中学校も生徒数が1986年589万人→2007年333万人の約43%減に対して1992年1万596校→2007年1万150校の約4%減となっており、1学年4学級未満の中学校は57%に上る。

 財務省が2005年度に統廃合した学校にアンケートを行ったところ、小学校の保護者の3人に2人が統合して「良かった」と回答している。これは決して同省の恣意的な調査による結果というわけではなく、学校現場にとってもうなずける結果であろう。一定規模がないと集団教育の良さが生かせないというのは、現場感覚でみな分かっていることだ。ましてや自治体は財政難にあえいでいる。個別の地域事情はあるにしても、全体として統廃合に抗することには限界が来ている。

 深刻さという点では、大学の方がより深刻だ。入学者のメーンである18歳人口は1992年をピークに減少に転じたにもかかわらず、大学と短大を合わせた学校数は2007年に1137校と、むしろ23校増えている。入学者数(大学院生を除く)が73万人から68万人へと6%減っているにもかかわらず、である。それも「事前規制から事後チェックへ」を掲げた設置認可における規制緩和路線が明確に反映した結果なのだが、大学の経営破たんが現実のものとなりつつあることはもとより、実質的な全入時」を迎えて、昔なら厳しい入学試験で不合格となっていた学力層が大量に大学へ流れ込んでいる。

 そうした中で審議を始めた中教審では、初等中等教育においては学校統廃合推進を、高等教育においては新増設抑制と「連携・協同」という名のM&A(合併・買収)促進を打ち出すことが、容易に予測できる。というより、ソフトランディングやセーフティーネットといった具体論は論議の余地があっても、総論は動かしようがない。

 そんな情勢にあっても学校現場では、困難さを増す中で教育に当たらなければならない。とりわけ初等中等教育では新教育課程への対応が待ったなしだが、一方で教職調整額の見直し論議も行われており、専門職としての教職の在り方そのものが揺らいでいるとさえ危機感を持つべきだろう。

 どこぞの知事が「クソ教育委員会」と言っただの、アナクロな元文科相が「日教組はガン」と言っただのといった世間の耳目を引くニュースに踊らされていては、見えないことがある。現実の子どもたちを目の前にしている教員こそ本来、大きな地殻変動の中で具体的にどう対応し、そのためには何が必要なのかを考え、提案する権利がある。どうぞ日常の多忙や教員バッシングに負けて、判断停止状態にはならないでほしい。

 「教えるとは希望を語ること」(アラゴン)であるとしたならば、たとえ困難な状況にあっても、共に希望を語ろうではないか。本社もそのために、今年も文字通りの微力を尽くす決意である。

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【社告】

謹んで新年のお慶びを申し上げます。

本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

   「教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説」社員一同

                    代表社員  渡辺敦司

                     編集局長  渡辺敦司

                     論説委員長 渡辺敦司

                     取材部長  渡辺敦司

                     整理部長  渡辺敦司

                     校閲部長  渡辺敦司

                     写真部長  渡辺敦司

                     出版部長  渡辺敦司

                デジタルメディア本部長 渡辺敦司

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