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2009年2月12日 (木)

〔開設1周年記念③=止〕政府審議会 「第四の教育改革」へ準備を

 ブログ開設記念シリーズの最終回ということで、いささか大風呂敷を広げることをお許しいただきたい。今年は「第三の教育改革」を標ぼうした臨時教育審議会の発足から25年目に当たる。一方で昨今の教育改革はどこに軸足を置くかさえ混迷しており、教育現場の苦悩はいっそう深まっている。ここは腰を据えて政府を挙げた「第四の教育改革」の審議に着手すべく、準備を始める時だ。

 1987年の最終答申以来10年以上、教育界は「臨教審路線」に基づいた改革を行ってきた。具体化が一気に進まなかったところが明治維新(第一)や敗戦後(第二)と違って“平時の教育改革”であるゆえんだが、数々の曲折や批判を抱えつつも、それだけ「21世紀」への展望に耐え得る答申だった、ということの証しでもあるだろう。

 旧学習指導要領(89年改訂)も現行指導要領(98~99年改訂)も、「個性重視の原則」「生涯学習体系への移行」という点で、明らかに臨教審路線を基調としている。しかし、「〔生きる力〕と〔ゆとり〕」を掲げた現行指導要領が実施直前になって学力低下批判にさらされてから、風向きは変わる。

 この間、教育界は依然として臨教審路線に沿いながらも、ちょうど小泉純一郎政権(2001~2006年)の構造改革路線に基づく新自由主義的な規制緩和・自由競争の圧力が強まり、文部科学省もそれに抗し切れなくなって「“守勢”の教育改革」(『内外教育』2006年6月27日付ラウンジ欄N氏)に終始した。その究極の姿が、安倍晋三政権(2006~2007年)に始まる「教育再生」路線であったろう。

 安倍政権が破たんした後も、教育再生会議は「懇談会」に衣替えしてだらだらと継続している。審議が「つまみ食い」では教育界の利益どころか害にさえなりかねないことは、以前の社説で指摘した。福田康夫政権(2007~2008年)以来の検討は今月9日の第三次報告で終息したが、麻生太郎現政権(2008年~)は新たなテーマの検討を指示し、新メンバーも加えて今後も会を続ける方針だ。

 こうした「再生」会議・懇談会などに比べれば、文科相の諮問機関である中央教育審議会の方が、まだ着実な審議をしてきたと言える。もちろん教育改革国民会議(2000年)以来の“守勢”であっても、ギリギリのところで教育界が飲める妥協点を探ろうとしてきた姿勢は評価できよう。

 その中教審も、10日でちょうど第5期の発足となった。これも新年社説で指摘した通り、教育界の“地殻変動”に向けた審議が今後、本格化しよう。それはそれで着実に進めてもらいたいが、教育界内部での検討にとどまっても実効性がないことは、2005年の義務教育費国庫負担制度の存廃論議を見ても明らかだ。ましてや死に体の麻生再生懇に頼ったところで、第三次報告が提言した高等教育に対する公的支援の在り方の「検討」すら期待できまい。

 もう小手先の部分改革や、軸足の定まらない改革では、公教育の混迷を解決することはできないし、ましてや現下の世界同時不況から抜け出して新時代に向かう展望などかなわない。今こそ政府を挙げた総合的で抜本的な審議が求められる時はない。

 国立教育政策研究所名誉所員の市川昭午氏は『月刊高校教育』(学事出版)3月号のインタビューで、臨教審答申や中教審の「四六答申」(1971年「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」)を、3~4年もの時間を掛けた丁寧な審議によって内容の濃いものになったと評価している。臨教審答申すら「選挙の日程に合わせて出させた」(市川氏)ものであったとしても、四半世紀先までの基調となり得た提言と、思いつき・つまみ食いの提言とでは、天と地ほどの差があることは明らかだ。

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コメント

ブログ開設1周年,おめでとうございます。おひさしぶりです。junです。
口は出さなくなってしまいましたが,いつも拝見させていただいています。
①~③にあった家庭教育(格差),教育施策,給与体系などおっしゃるとおりだと思います。私たちは給与のことなどあまり気にしていません。子どもにとっていいと思うことを,できる限り一生懸命やろうとしているだけです。給料を上げたいために頑張っているわけではないし,逆にこれ以上もっと素晴らしいことをしなさいと言われると,いや,給料はどうでもいいですので,無理させんといてと言いたくなります。ホンネではそうですが,でも多少無理はしないといけません。
 というのも,やっぱりしないといけない大事なことが次々と降りかかってくるからです。外国語教育しかり,総合的な学習の時間の見直ししかり,基礎学力,言語活動,心の教育,IT教育,特別支援教育,さあ読解力だー,体力だー,もちろん教科指導だー,教えて考えさせるだーと挙げたらきりがありません。そして感じるのはやっぱり時間が足りないなーということと,もっと人がいたらなーということです。
 ちょっと愚痴ばかりで長くなってしまいましたので,今日はこの辺で終わりたいと思います。また,コメントします。  jun

投稿: jun | 2009年2月12日 (木) 23時28分

junさん、お久し振りです。アクセス解析で、いつもご訪問いただいていることは承知していました。ありがとうございます。
②においては「給料下げろ」と主張したわけですからどうかな、と思っていたのですが、「教育ブログ村」のランキングでも当日100ポイント(10人)の投票があり、やはりjunさんのおっしゃるように現場には給与より「子どもにとっていいと思うこと」が第一なのだ、ということを強く感じた次第です(投票してくれた人みんなが私の主張全文を支持したわけじゃないでしょうけども)。
ご指摘のように学力向上や新教育課程に対応するためにも、現場に余裕と創造性が何より求められると思います。微力ながら今後その点を声を大にして訴えていく所存です。今後ともよろしくお願いします。
junさんも、くれぐれも無理はし過ぎないでくださいね。燃え尽きてしまっては、何にもなりませんから。

投稿: 本社論説 | 2009年2月13日 (金) 06時19分

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