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2009年6月

2009年6月20日 (土)

LEC大募集停止 “小泉便乗”の退場を歓迎する

 LEC東京リーガルマインド大学(学長=反町勝夫・東京リーガルマインド代表取締役)が、来年度から学部の学生募集停止を発表した。同大学は2004年度、構造改革特区制度による初の株式会社立大学として開校したが、当初から本当に大学としふさわしい体制を整えているか、疑問がぬぐえなかった。会計専門職大学院は今後も募集を続けるというが、公教育を安易に考えてきた経営主体は早々に退場して当然だ。

 LEC大学は特区の特例により3カ月というスピード審査で設置認可されたが、その時から多くの留意事項が付けられ、その後の設置計画履行状況調査(アフターケア)でも毎年、留意事項による改善が求められ続けていた。2004年には肝心の特区である東京都千代田区の同意を得ないまま通信教育課程の設置を申請し、同新宿区などほかの特区の同意を得て認可されるという混乱もあった。そうしたこともあって定員割れに歯止めは掛からず、一時は14カ所あったキャンパスも12カ所に統廃合され、さらに2009年度は千代田キャンパスのみに募集を絞りながら、この結果である。

 同大学の運営会社は、これまで「他の事業部門で学部の赤字を補填(てん)」しながら「懸命な努力」を続けてきたが、「現在、学部に在籍している学生の適切な修学環境の維持向上の為に経営資源を集中させることが適切であると判断」した、と説明している。さすがは株主利益を優先する営利企業、設立も統廃合も募集停止も、すべては迅速な経営判断のたまものだ――と評するのは、皮肉に過ぎようか。

 だいたい、資格試験予備校が大学を設置すれば「ダブルスクール族」の学生の利便性が図れる、といった設立動機自体が、大学教育の何たるかを理解していなかった証左であろう。それを、当時は誰も抵抗できなかった小泉純一郎首相の威光とそれに乗じた一部省庁系官僚の威勢を借りて、設置認可をゴリ押しした面がなかったとは言えまい。その果てが10年も経たないうちに廃校では、あきれるばかりだ。

 株式会社立では、2006年度に開校した大阪市のTAC大学院大学(山崎正和学長)が既に今年度から学生募集を停止している。もちろん経営が順調な株式大学もあろうが、今後ともアフターケアや認証評価による厳密なチェックが求められよう。

 学校法人立大学も、他山の石とすべきである。やはり小泉政権下の規制緩和方針に従って設置認可自体が「事前規制から事後チェックへ」と弾力化され、18歳人口が減少しているにもかかわらず、専門学校や短大などを経営する法人が次々と4年制大学を新設した。今年度に入って私立大学が次々と募集停止を表明しており、今後も“連鎖倒産”は避けられまい。中央教育審議会の大学分科会は第1次報告をまとめたが、本格的な再編・共同時代を控えて、これに続く早急な具体的提言を期待したい。

 母校がなくなってしまう学生には、同情するほかない。しかし、これも自由選択に基づく「自己責任」である。責められるべきは経営主体であり、問われるべきは、かつて国民が熱狂的に支持した政権の規制改革路線である。

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2009年6月14日 (日)

「教育も社会保障」 文科省の危うい新戦略

 文部科学省が最近、「教育も社会保障だ」と言い始めている。同省が主導権を握ったと目される教育再生懇談会は、「人生前半の社会保障」を前面に打ち出した。しかし、これは増大する社会保障費の安定財源を確保するために浮上した消費税増税に便乗しようとするものであり、一概に否定すべきものではないにせよ、危うい戦略だと評せざるを得ない。

 教育の社会保障論は、直接的には教育再生懇の委員である広井良典・千葉大学法経学部教授が打ち出した。4月17日の会合資料を見ると、日本の国内総生産(GDP)に占める社会保障給付の割合が欧州先進諸国に比べて低く済んでいるのは、子ども・家族関係の比重が小さいためであるという。それを支えたのは終身雇用制に基づく「インフォーマルな社会保障」の存在であるが、新制中学校の義務化に始まる強力な「機会の平等」化も大きく寄与した。しかし所得格差の世代間再生産が懸念される中にあっては、教育が「最大の社会保障」であり、「教育政策と社会保障政策の統合」が重要になっている――というわけだ。

 広井教授の指摘には、確かにうなずけるところが少なくない。そもそも日本で公教育政策が論じられる時、狭い「教育」の枠内にとどめられることが往々にしてある。もちろんそれは教育そのものに価値を見いだす東アジア的伝統の良さでもあるのだが、一方で欧米諸国で高等教育政策が雇用政策と一体化させているような、国家戦略としての政策化がしにくい弱点も併せ持つ。教育政策を広い観点から意義付けることは、時代の要請から言っても急務だろう。

 ただし文科省がそうした論に乗ったことは、また別の意味を持つ。

 前提にあるのは、教育振興計画の“失敗”だ。文科省は振興計画の策定によって、伸び悩む教育予算の拡充に根拠を持たせようとした。しかし昨年策定された初の計画では予算総額の数値目標が盛り込めず、これでは何のために教育基本法を策定したのか分からないことは、以前の社説でも指摘した。折衝過程では、財務省から再三「財源はどうするのか」と詰問されたという。

 9日に示された「骨太の方針2009」の素案では、近年にないほど教育に関する記述が充実している。しかし骨太09の素案が、12%とも試算される消費税増税を前提にしていることは明らかだ。文科省の「教育も社会保障」論は、要するにそれを当て込んで、増税分の一部でも教育予算として確保したい意向を示したものにほかならない。小泉純一郎政権下での「骨太06」で示された歳出削減に悩まされている文科省としては、ここで何とか転換を図りたいと考えていることも無理からぬところだ。

 しかし、その代償は国民にとって小さくない。 

 もちろん教育予算の安定財源が確保できること自体は、必ずしも悪いことではない。というより今までそれなしに済んできたこと自体が、今にして思えば不思議だったくらいだ。もちろんそれは東アジア的な教育重視の世論に支えられてきたものだが、いわゆる「ゆとり教育」批判に始まる公教育不信によって一変してしまった。批判自体はいわれのないものだったとしても、移ろいやすい世論が相手では、新たな支持を得られるような戦術も必要になろう。

 ただ、事は国家運営のあり方そのものを問う話である。「中福祉・中負担」のための消費税増税は、まさに総選挙の主要争点になるべき問題だ。その中で堂々と教育も「人生前半の社会保障」だと位置付けて、その上で安定財源を振り向けることが国民的合意となるならば、確かにそれも一つの民主主義的な判断である。

 逆に言えば、消費税増税が行き詰まれば同時に頓挫してしまう“のるかそるか”の戦略でもある。国民の負担増も考えると、手放しで賞賛するには保留を付けざるを得ないというのが、正直なところである。

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2009年6月 7日 (日)

【池上鐘音】印度の日本人

▼今年アカデミー賞を受賞した『スラムドッグ$ミリオネア』(英、ダニー・ボイル監督)は、ヒンズー教徒によるスラムのイスラム教徒襲撃から物語が始まる。インドと言えばマハトマ・ガンジーの非暴力主義が有名だが、今も彼の国に暴力が渦巻いていることは日々のニュースでも明らかだ。しかし、そのガンジーすら生ぬるいと批判したインド人が仏教に改宗し、その衣鉢を日本人が継いでいるということを、どれだけの人が知っているだろう▼ガンジーを批判したのは、初代法相B・R・アンベードカル(1891-1956)。日本人、いや既にインドに帰化したから正確には元日本人が、佐々井秀嶺師(73)である。44年振りに一時帰国(これも正確には来日)し、1カ月半にわたり全国を巡った果てに7日、東京・大塚の護国寺で「最終公演」を行った▼インドのカースト制は、アンベードカルが起草した憲法で公式には廃止されたにもかかわらず、現実には厳然として存在する。かつて不可触民と呼ばれたアウトカーストをガンジーはハリジャン(神の子)と呼んだが、それを敢然と拒否したのがアウトカースト出身のアンベードカルだ。のみならずガンジーも信じたヒンズー教こそが差別の根源だとして56年、50万人ものアウトカーストを引き連れて仏教に集団改宗した▼よく知られているように、仏教は発祥の地であるインドでは13世紀初頭に壊滅した。それを復興したのがアンベードカルであり、その死から11年後に何の知識もなくタイから徒手空拳で飛び込んだ佐々井師が、現在1億人以上と言われるインド仏教徒の指導者となっているのは、まさに仏縁と言うほかない▼現在のインド仏教は系譜上、南伝仏教(上座部仏教、小乗仏教)に属する。一方、佐々井師はもともと東京・八王子の高尾山薬王院で得度した大乗仏教・真言宗の僧だった。護国寺講演でも佐々井師が小乗なのか大乗なのか問う質問があったが、師は断言した。「アンベードカルの思想と行動は、“超大乗”だ」▼20代半ばに学生浪曲師をやっていたダミ声の魅力もあって演説は人を引き付けるが、70年余の思いがあふれてか一回の講演や師の半生を描いた『破天―インド仏教徒の頂点に立つ日本人』(山際素男著、光文社新書)を読んだだけでは趣旨をつかみづらいのも確かだろう。しかし京都・種智院大学と横浜・総持寺に続く3回目の聴聞を経て、ある確信に至った。アンベードカルや佐々井師はまさに、ブッダや大乗仏教の確立者竜樹(150-250ころ)と同じことをしているのだと▼ブッダにしても竜樹にしても、当時のインド社会で苦しむ民衆に分け入り、その苦悩を共有する中で新しい宗教を生み出していったに相違ない。それが後世に語られる過程で、神秘性や超越性を帯びていったのだろう。佐々井師は、「『どん底のどん底のどん底』を見ずして、本当のインドを見たことにはならない」と再三繰り返す。日本のいわゆる鎌倉新仏教も、そうして生み出されたのだと推測させるものがある▼竜樹に呼ばれる夢を見てインド滞在を決意したという佐々井師が「帰国」で見せてくれたのは、「生きた」仏教、今まさに創造されようとしている仏教の姿である。ひるがえって考えれば現代の日本で現実の民衆の苦悩に応え得る仏教とはどうあるべきか、現実の課題として突き付けられた思いがする。師はこう呼び掛けた。「闘う仏教徒になってください」▼『スラムドッグ―』の襲撃場面では幼い主人公兄弟が逃げ惑う途中、子どもの姿をしたヒンズーの神を幻視する。それが物語の複線になっているのだが、映画の展開以上のメタファー(暗喩)を秘めているように思えてならない。憎しみの連鎖を断ち切ることを教えるのも、また仏教である。

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