« 新政権に望む〈5〉 新定数計画で“非常勤プア”も解消を | トップページ | 概算要求〈1〉 定数改善、足がかりにはなる »

2009年10月10日 (土)

【池上鐘音】匿名と実名

▼実名報道が新聞の原則であることは百も承知しつつ、会社員時代から匿名コメントを多用してきた。役人のオフレコ発言や雑談のたぐいだけではない。建前が重視される教育界、特に教員は個人名で本音を公にすることを極端に嫌う。実名コメントに限っていては、実態を正しく伝えられないからだ▼そうすると逆に、実名コメントの引用にはいっそう慎重になる。引用された人が記事を読んだ時にどう思うかを常に意識せざるを得ない。一方で、あまりに配慮し過ぎると文章が分かりづらくなる。取材対象者と読者とのはざまで悩むのは、この稼業を続ける限りついて回ることだろうと覚悟している▼山口県光市母子殺害事件のルポルタージュ『〓〓君を殺して何になる』(〓〓は実際の名字)を読んだ。少年法を破ってまで実名表記に踏み切った本を、しかも出版差し止めの仮処分申請中に購入するのは迷ったが、やはり職務上、目を通しておくべきだろうと思ったからだ。発売当日の夕方、渋谷で回った書店のうち2軒には置いていなかったが、1軒には入り口横に単独で平積みされていた▼何より徒手空拳のフリーライター(現在は大学職員)が体を張って取材・執筆した成果であるから、それに対して事件取材に足がすくむような意気地なしの同業者が是非を論ずることは、厳に慎みたい。その上であえて言えば、ルポというより取材ノートか取材日記みたいだと思った。フリージャーナリスト奥野修司氏の「インタビューの結果を読者に放り投げている」(朝日新聞10月8日付)という評価には、素直にうなずける▼確かに週刊誌に報道された「不謹慎な手紙」(本文より)の背景を追ったくだりなど、なるほどと思うところがないわけではない。しかし、よほどこの事件に関心を持って情報を集めている人でもなければ、無理をして買うほどのものでもないような気がする▼本社記者は世間で言われていることより自分が取材などで見聞きし感じたことの方が絶対的に正しいという妙な確信を持っているのだが、その確信を読者にどういう形で伝えるかは全く別問題だ。この偽装新聞社によるブログにしても思いのたけを無分別にぶつけることは決してしないし、できないのが記者倫理であり習性でもある▼「十を聞いて一を書く」というのは記事執筆の基本中の基本であり、読者に何を伝えるかを熟慮して構成に頭を悩ませるのは本務だと思っている。もう一つの基本である「客観的な事実を提示して、読者の判断に任せる」というのも、その上でのことだ▼著者は実名表記の理由を「匿名報道が〓〓君の人格を理解することを妨げている」からだと書き、記者会見でもそう語っている。それが元少年や周辺に取材して得た著者の実感なのであろうから、取材していない者が安易に批判はすまい。しかし、そのために実名のみならず卒業アルバムの顔写真まで掲載するのは、少なくとも先行した週刊誌と同レベルではないか、という疑念はぬぐえない。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

 ↑ランキングに参加しています。奇特な方はクリックしていただけると、本社が喜びます

|

« 新政権に望む〈5〉 新定数計画で“非常勤プア”も解消を | トップページ | 概算要求〈1〉 定数改善、足がかりにはなる »

コラム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/506419/46445748

この記事へのトラックバック一覧です: 【池上鐘音】匿名と実名:

« 新政権に望む〈5〉 新定数計画で“非常勤プア”も解消を | トップページ | 概算要求〈1〉 定数改善、足がかりにはなる »