« 文科省予算案〈2〉 次こそ教職員定数改善計画を | トップページ | 学校週5日制 「完全」見直しの時期だ »

2010年1月 1日 (金)

【社告】

謹んで新年のお慶びを申し上げます。

更新が滞りがちで大変申し訳ありませんが、

本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

   「教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説」社員一同

                    代表社員  渡辺敦司

                     編集局長  渡辺敦司

                     論説委員長 渡辺敦司

                     取材部長  渡辺敦司

                     整理部長  渡辺敦司

                     校閲部長  渡辺敦司

                     写真部長  渡辺敦司

                     出版部長  渡辺敦司

                デジタルメディア本部長 渡辺敦司

                     事業課長  渡辺敦司

                  教育戦略係長  渡辺敦司

|

« 文科省予算案〈2〉 次こそ教職員定数改善計画を | トップページ | 学校週5日制 「完全」見直しの時期だ »

本社より」カテゴリの記事

コメント

門外漢につき思いつくままなのはゴカンベンを。
伝えられる今の学校では、かつての私は生き残こる事が出来たろうか…管理人殿と同じ年代の私は、今になって思っています。受け止めてくれる教師、仲間やファミリーのどれかが欠けても…私は破綻していたかも知れない。
記憶に残る授業の先生は、大概管理職。でも、救ってくれたのは授業は下手でも等身大の先生でした。
いろんな環境で育った子どもがいるんだ。今だって変わらない。求められるシェルターは保健室やカウンセラーだけじゃ足らんのではないか?子どもに対応した多様な先生がいる事が、とても大切な事のひとつではないのかしら。
その事の担保が業務の枠組みに…現状は組み込まれているのだろうか。そんな思いを持ちながら、勉強させていただきます。
(たまたま見掛けた新聞局長殿に懐かしみを込めてコメントを貼付します。主旨が合わなければ削除願います)

投稿: kT高masuyah | 2010年1月 6日 (水) 09時03分

kT高masuyah さん、貴重なご指摘ありがとうございます。
おっしゃるように今も昔も「等身大の先生」や「「多様な先生」の存在が不可欠だと思います。しかし昨今の学校は、多忙化や厳格な勤務管理、学校・教員バッシング等々の複合的な要因により、先生自身が児童・生徒に向かって「等身大」や「多様」でいられる余裕がない、というのが現状だと思います。だからこそ政策的に、子どもと向き合う余裕を「業務の枠組み」として担保することが必要なのだ、という点も本社の主張と一致するところです。
またご意見をお寄せください。今後ともよろしくお願いいたします。
(以下は私信で)

投稿: 本社論説 | 2010年1月 6日 (水) 10時08分

コメントありがとうございます。
私の会社でもスペシャリストであり、またマネジメントも出来る人が重宝がられます。しかし、実務で欠かす事の出来ないのは…現場、現業へのアプローチとコミュニケーション、表現が出来るチカラです。
その意味で、かつて「期待される人間像」なんて言葉があったような…中身まで覚えていませんが、高校あたりまでは、表現・コミュニケーションを含めて「生きてゆくチカラ」「大人=先生との折り合い方」を身に付ける事が大切かなと思います。
(…当たり前の様ですが、新卒者など見ていると、それだけ個人差が大きいと感じています)

投稿: kt高masuyah | 2010年1月 6日 (水) 12時26分

渡辺様

お初にお目にかかります、近藤と申します。
任意団体で開催する教育関連企画の広告をすべく、Webをうろうろしておりましたら、幸い貴サイトに通りがかりました。

寺脇研氏を中卒高卒大学生の20代パネラーが囲む趣向で、教育そのものを相対視できるだろうと願っております。
1/17(日)13:40から、東京田町の勤労福祉会館にて行います。
ぜひ、ご来場いただければ幸甚です。
http://www.2030vision.jp/

投稿: こんだぃ | 2010年1月 9日 (土) 22時23分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 【社告】:

« 文科省予算案〈2〉 次こそ教職員定数改善計画を | トップページ | 学校週5日制 「完全」見直しの時期だ »