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2010年3月11日 (木)

【池上鐘音】桜の下にて

▼「願わくは桜の下にて春死なん」と詠んだ西行法師が実際に鬼籍に入ったのは建久元(1190)年、鎌倉で幕府が成立する時分だった。帝の都ならば内裏が位置するはずの場所に置かれたのが、鶴岡八幡宮である▼その境内で早咲きの桜が咲き始めた折に、大いちょうが倒れた。「きさらきの望月」(旧暦2月15日)には二十日も早いというのに▼この木に隠れていた公暁(くぎょう)が3代将軍実朝を暗殺したという言い伝えから「隠れいちょう」とも呼ばれるが、推定樹齢800~1000年の下限を取れば“2代目”になる――というのは有名な話だし、報道でもさんざん繰り返されている▼ところで公暁は2代将軍頼家の三男で、出家して僧になっていた。わざわざ敵を追いかけて神社まで来たのか、と思ってしまうが、明治初年までは鶴岡八幡宮寺というれっきとした「寺」であり、公暁は同寺の4代別当(長官)であった。要するに、自分の寺で叔父を殺したわけである▼今では神社としか思われていない全国の八幡宮は、いずれも神仏習合の寺であった。天平勝宝元(749)年、遅々として進まなかった大仏建立に協力するためと称して九州の宇佐(今の大分県)から八幡大神(実際にはその使い)が奈良に入京して以来のことだ▼鶴岡八幡宮寺の僧侶たちは、神仏分離令を受けて積極的に神主に「転向」し、自ら諸堂を破却することさえあったという。その後は国家神道を担い、隣にあった神奈川師範学校(現横浜国立大学教育人間科学部)の学徒出陣式も行われた。実朝暗殺はともかく、少なくともそうした時代の変遷を大いちょうは見送ってきた▼思い返せば昨年の黄葉時、少し寂しそうに見えたのは必ずしも気のせいではなかったのかもしれない。鎌倉期ならば、人々は凶事の前触れだと思うだろう。バーミヤンの大仏のように「恥辱のために崩れ落ちた」とは信じたくないが。

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» 【連載企画】大学生の視点から考える教育問題〓 [『空想科学少年』]
= 第1章 ゆとり教育の本当の問題点 = 僕の両親の時代よりも、僕らの世代の教科書は薄くなったとよく聞く。(実際に親父が、薄っ!!って言ってた記憶があります。)それに比例するように授業時間も内容も削減され、このことが原因かどうかは定かで無いですがPISAの学力テストの順位が下がり、学力低下が叫ばれるようになった。 そんなこともあって、今から2、3年前?当時は教育に関してはあまり注目していなかったので記憶が定かではありませんが、文部科学省が現行の授業時間を増やすという発表を行ったと思い..... [続きを読む]

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