全国学テ中間まとめ案 総括になっていない
文部科学省の「全国的な学力調査の在り方等の検討に関する専門家会議」が23日、中間まとめ案を大筋で了承した。しかし、そこで示された全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)に対する過去4回の評価は、きわめて不十分な総括だと評せざるを得ない。
中間まとめ案は、全国学テが国の行政調査としての役割を超えて地方や学校に貢献してきたことを評価し、実施要領で定められた調査目的を「今後も極めて重要」だと結論付けている。
しかし本社が再三指摘してきた通り、全国学テは位置付けが不透明なまま制度設計がなされた。
中教審の「義務教育の構造改革」答申(2005年10月)では、個々の学校の「アウトカム」(教育の結果)を国の責任で検証し、質を保証するシステムとして提言されている。これが義務教育費国庫負担制度(義務教)維持のための理論武装として打ち出されたことは答申全体から見れば分かることだが、その後の「政治判断」で国庫負担率が2分の1から3分の1に引き下げられても、インプット(国による目標設定とその実現のための基盤整備)―プロセス(市区町村や学校による実施過程)―アウトカムの分担論はそのままだった。不透明さは、そこに原因がある。
政権交代後に全国学テは悉皆(しっかい)調査から抽出調査・希望利用方式に変更されたが、全校を調査するのでなければ「アウトカム」に国が責任を持つことなど本来できないはずだ。しかし、中間まとめは「調査のねらいとしてきた政策効果が十分発揮され、積極的な取り組みが全国で展開されている」として現行方式の継続を支持している。
そもそも05年答申に対しても、「『義務教育の機会均等とその水準の維持向上』という基本的な理念を実現する方策の一つとして、全国的な学力調査の必要性が提言された」ものだという。明らかに答申全体の文脈から切り離した、近視眼的な解釈である。
本社がこれほどしつこく全国学テの位置付けを論じているのは、それが国と地方・学校の権限と役割分担にかかわるからだ。
地方分権の時代に、教育の実施とその結果に対して誰が責任を持つのか。教育現場の裁量はどこまで認められるのか。もっと言えば、国の役割と範囲はどこまでか。この戦後以来の問題に05年中教審答申は一つの解答を出したのだが、今やそれ自体が「定説」になったのかどうかさえ不明確なままだ。
その根源を問うことなしに実施頻度や追加教科を検討することはできないし、いくら都道府県や市区町村の意向を聞いても意味はない。義務教論議ともかかわることであり、最終報告に向けて中教審には見識の高い論議を求めたい。
【全国学力テスト関連社説 バックナンバー】
◆全国学テ再論 結果の公表は“消極的”に(2008年3月15日)
◆全国学テ開示問題 だから任意参加にすべきだ(2008年8月18日)
◆全国学テ公表問題 そもそもデータに限界がある(2008年9月13日)
◆全国学力テスト 公立「全校参加」を惜しむ(2009年3月25日)
◆全国学力テスト 成績不振校から支援を(2009年4月21日)
◆新政権に望む〈3〉 全国学テは「抽出」より「任意」に(2009年9月17日)
◆概算要求〈2〉 抽出学テ 重くなる地方教委の責任(2009年11月 3日)
◆全国学テ 参加率の高低は本質ではない(2010年3月 6日)
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