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2010年7月 3日 (土)

参院選公約〈1〉 教育政策論争の空洞化を嘆く

 参院選の投票が1週間後に迫った。政権選択選挙ではないものの、昨年夏の衆院選で政権交代を果たした民主連立政権の中間評価をも示す重要な選挙である。しかし教育政策に限って言えば、必ずしも論点はかみ合っていない。一部の党を除いて総花的であったり、全体的な戦略がないまま個別政策の羅列に終始したりしている印象が、どうしてもぬぐえない。

 新政権の目玉政策を問うという点では、半額支給にとどまっている子ども手当について、ほとんどの党が是非に言及している。しかし、衆院選で同じバラマキ批判の多かった高校無償化については、主要政党のマニフェスト(政権公約)等を見る限り、かねてから継続や充実を打ち出していた与党などを別にすれば、明解に撤回方針を打ち出したのは「たちあがれ日本」1党だけ。ほかは旧与党の公明党が「無償化法の成立」を前提にしていることを明記したのが目立つくらいだ。

 もちろん、高校無償化が保守系野党も含め多くの党に支持されたということであれば、歓迎したい。マニフェスト等に言及がないのも選挙戦術上、与党の政策を表向き評価したくないということなら、理解できなくもない。

 しかし、私学を含む高校無償化措置は2010年度予算で3933億円を計上し、文教関係予算を1割押し上げたほどの事業である。一律支給はより所得の高い層に恩恵があり、低所得者層にはメリットが少ないことも、昨夏の論戦になったはずだ。そうした批判は、どこへ行ったのか。

 多くの党は、高校生も含めた奨学金の充実などを打ち出している。それはそれで結構なことだし、現下の経済状況と学力格差拡大の懸念を考えれば喫緊の課題でもある。ただ、これだけ消費税をめぐる論議がかまびすしい中では、果たして財源は考慮しているのかといぶかってしまう。

 そして何より、与党も含めて無償化後の高校の将来像が示されていないことを、残念に思う。高校無償化は財政的にも高校教育を「準義務化」するものだと思うのだが、その点はあいまいにされたままだ。

 教育については誰しも一家言を持ち、有権者にもアピールしやすい。それだけに、どうしても抽象論や精神論に陥りがちだ。しかし我々がいま選ぼうとしているのは法律と予算をつくる国会議員であり、しかも「良識の府」である参議院の議員である。「マニフェスト選挙」による政権交代を経ても相変わらず言いっ放しの公約合戦では、虚しさを感じざるを得ない。

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