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2010年7月10日 (土)

参院選公約〈2〉 問われるべきは問われたか

 土曜日授業の再開や新科目「公共」の設置(自民党)、公立学校給食の無償化(公明党)、東大民営化(みんなの党)、六三三三制の見直しや教科指導の民間委託(日本創新党)――。各党の参院マニフェスト(選挙公約)等には、目を引く項目が並ぶ。しかし、それらが個別政策の羅列にとどまっていることは前回の社説でも批判した。文字通りの「目玉」政策を実施すれば劇的に学校が改善されるほど、現場の問題は単純ではない。解決の糸口を付けるためにどのような戦略を描くかが、教育政策に今こそ求められよう。

 では、そうした戦略を各党は問うているのか。残念ながら、好意的に解釈すれば幾つかの政党に戦略らしきものが垣間見える程度である。

 自民党は、「ゆとり教育の反省を生かしながら教育再生を進める」「人間力を高める」などにより「世界トップレベルの『教育立国』をめざ」すとして、「全国学力調査、教員免許更新制度の復活」を打ち出している。幼稚園無償化も含めて、要するに昨夏の衆院選マニフェストと基本的には変わらない。「守るべきものは守」るのが保守本流として「いちばん」だと言いたいのかもしれないが、前政権担当政党にしては現政権への対抗軸として弱いという印象がぬぐえない。

 新党改革は、学力低下の原因が「ゆとり教育」にあるとして、「詰め込み教育」を提唱している。ここで言う詰め込み教育とは子どもの学習進度に合わせて現場で柔軟に学習内容を決めることができる教育だとして、子どもの要求に合わせてどんどん学習できる中高一貫教育制度の導入を進めていくのだという。しかし、それでは「できない」子の底上げはどうするのか。

 そもそも「ゆとり教育」だの「脱ゆとり教育」だのといった用語で教育政策を語ること自体が無意味であることは、本社が繰り返し訴えてきた。同党にとどまらず、選挙区候補者でいわゆる「ゆとり教育」の見直しを訴えている者は、例外なく教育政策の素人だと見ていい。その点、当時の政権与党だった自民党は「ゆとり教育の反省」とうまい表現を用いているが、そのニュアンスを候補者、はては現職議員もどれだけ理解していることか。

 みんなの党は「教育は現場の市町村、学校現場に任せることを基本」とする一方で、「教育の最終的な責務は国にある」として抜本強化するのだという。渡辺喜美代表が飛び出した自民党の姿勢に近いと見なせなくもないが、「地域主権」を掲げる割には不徹底ないしは矛盾していると感じないのだろうか。

 たちあがれ日本は、全国学力テストの再開とその結果の公開、教員免許更新制の強化とともに、「専門機関による学校監査」の実施を掲げている。これは、ある意味で自民党より自民党らしい。「信賞必罰」を教員給与のみならず学校評価にまで徹底して改善を強制するということなら一つの戦略になり得るだろうが、本社としては組合対策を超えて現場を萎縮させる弊害を生むものとして疑問を呈しておきたい。

 そして何より問題なのは、民主党が何も問うていないことだ。

 鈴木寛文部科学副大臣は先月開かれた日本学習社会学会で講演し、私立を含めたすべての小・中学校にコミュニティ・スクール化を促したい考えとともに、学校選択制は設置者の判断に任せて文科省としては推進しない姿勢を明らかにした。「新しい公共」の中に教育を位置付ける、民主党政権らしい教育政策と言えばそうである。自民党政権下、というより小泉構造改革路線の下で進められてきた規制緩和・自由競争政策への強烈な対抗軸とも評せる。しかしそのような方針は、今回の民主党マニフェストからはうかがえない。民主党があえて問わないのか、それとも教育行政の戦略的な全体像が鈴木副大臣の頭の中だけにしかないのか。

 考えてみれば、戦略的な教育政策なり、文科省の行政運営方針なりが国政選挙の争点にされたことは、今までなかったのではないか。もちろん中央教育審議会に代表される有識者の英知を集めたボトムアップ式の政策立案が教育の中立性や安定性を確保するという建前はあろう。しかし自民党長期政権の中で、実際には政権与党の意向がより反映しやすい構造になっていたことは否めまい。ましてや、いわゆる「ゆとり教育」の実施とその見直しにせよ、教員免許更新制をはじめとする学校批判をテコにした外部からの改革にせよ、具体的に有権者に問うて導入された政策とは決して言えない。

 いずれにしても問われるべきものが問われなければ、選挙戦に対抗軸が見いだせず、有権者も学校現場の改善に有効だと思える教育政策を選択することは、いつまでもできないのではないか。投票日が明日に迫ってしまった今、その後の政権選択選挙に向けて、各党には戦略的な教育政策の立案と、それを国民に問う姿勢を、ぜひ求めたい。

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