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2010年8月

2010年8月28日 (土)

先行き不透明な新定数改善計画

 文部科学省が公立学校の新しい教職員定数改善計画案を発表した。教育業界に携わる者としては歓迎し、その実現を大いに訴えるべきなのだが、計画案をよく見るにつれ、実現までのハードルの高さと多さを思わざるを得ない。

 隠されたハードルは、「14年度」だ。

 8年間にわたる義務教育諸学校の改善計画は、複雑な構造をしている。まず初年度(2011年度)から5年間で、小学校全学年を35人学級に引き下げる。要するに低学年から学年進行で実施するわけだ。中学校の35人学級は、計画4年目の14年度から学年進行で。同時に、基礎定数充実や特別支援教育などの4万人にも及ぶ配置改善5カ年計画もスタートさせる。中学校の引き下げが完了した後の2年間で、小学校低学年を35人から30人に引き下げるという。

 14年度以降の配置改善計画について、発表資料には「改善増に必要となる恒久的な財源確保について理解を得ることが必要」との注釈が付いている。裏を返せば、現時点では財源の見通しがついていないことの表れだろう。

 なぜ14年度がハードルなのか。民主党が政権交代を果たしたのは、09年9月である。公言通り4年間の任期を全うするなら、次の総選挙は2013年になる。時期はちょうど概算要求の提出期限前後。予算の在り方が争点にもなれば、選挙結果によっては今回同様、概算組み換えもあり得ないことではない。つまり改善計画が無事スタートできても、4年後のスムーズな進ちょくを保証するものにはなり得ないのだ。

 しかも過去の例から見れば財務省はあくまで単年度査定の主義を貫くだろうから、年次計画通り実施できるかどうかは時々の政権の意向による。ハードルは毎年設けられると言っても過言ではない。

 そもそも文科省の計画案提出にゴーサインを出したのは、民主党代表選を直前に控えた菅直人内閣下においてである。年末に誰が首相かは不確定だし、子ども手当の上乗せ支給や農家の戸別所得補償などの動向によっては財源不足が深刻な課題になることは必至だから、計画そのものに修正が迫られる可能性も捨て切れない。要するに、最初のハードルである同省の計画策定さえ現段階では確実ではない。

 それでも計画が順調にスタートできたとしよう。もう一方のハードルは、地方の側にある。義務教育費国庫負担制度(義務教)の国庫負担率は3分の1だから、残り3分の2は地方側でねん出しなければならない。もちろん必要額は国から交付税措置されるのだが、あくまで「橋や道路」にも使える一般財源としてである。地方は今でさえ慢性的な財源不足に悩んでいる上に、義務教の対象外である退職手当が「ひしめく50代」の大量退職に伴って今後10年で年々かさむことになる。そもそも現状でさえ、国庫負担の最高限度額まで給与費を確保できていない県が22と半数近くを占めている(09年度)。

 定数改善を提言した中央教育審議会・初等中等教育分科会の提言は、非常勤講師などの増加傾向に対して、定数改善による正規教員の配置促進を期待している。しかし、現実にそううまくいくかどうか。かえって今まで以上に学級担任以外の教員を非常勤に頼ることにもなりかねない。まして14年度からの配置改善計画が通らなければ、目も当てられない。

 先の総選挙でも表立って教員数の増加に異論を唱える主要政党はなかったから、たとえ誰が政権を担うことになっても定数改善には総論賛成だろう。ただし文科省案通りの計画実現には、ハードルが多すぎる。財源論議や予算の組み替えも含めた、国民的議論と合意形成が不可欠だ。教育界も、これまでのように単なる要望活動を繰り返すだけでは有効な運動にならないことを心すべきだろう。

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2010年8月 1日 (日)

【池上鐘音(いけがみじゃんのね)】何でもかんでも

▼1週間ほど前の話で恐縮だが、某紙に大学の補習教育に関する記事が載っていた。以前の発表モノを「○日、分かった」と書くのは新聞の常套(とう)句だからご愛嬌としても、大学生の学力低下の原因を「ゆとり教育」や推薦入試に求めているのが気に掛かった▼1998~99年告示の学習指導要領で小・中学校の学習内容が削減されたのは事実である。当然、高校も必履修科目ではそれを前提に指導しなければならなかった。しかし、義務教育ではない高校には「青天井」を認め、大学受験層のゴールは以前と同じでよい、というのが改訂の趣旨だったはずだ▼そもそも本社の見るところ、進学校の多くはいわゆる「ゆとり教育」などしていない。本格実施直前まで「総合的な学習の時間」をはじめ模様眺めを決め込み、学力低下批判が起こるや無視ないし「裏カリキュラム」で臨んだ。ちょうど学校評価が導入されたことにも乗じて、ひたすら大学進学率の向上に奔走したのが実像だったろう▼カリキュラムでも、生徒の主要な進学先の入試科目対応の特化が徹底された。多様な教育課程を認めようとした改訂趣旨に反して、画一的な編成が全国で進んだのは皮肉と言うほかない。しかも生徒にどのような力を付けるか、という観点からでは、決してなかった▼もちろん、学生確保を第一にして入試科目を削減した大学側に主要な責任があろう。ただ、上級学校への進路実現を最優先にすることが「高校教育」として妥当なのか。高校側も今一度、猛省する必要があるのではないか▼大学側もレベルを下げて学生募集を行ったのだから、入学させた後に補習教育を行うのは当然である。そのコストは自ら負担しなければならない。一部有名大学も学力低下の原因を初等中等教育に押し付けるより、自ら求める学生像を入試方法や出題の形で表し、それでも期待されるレベルに達しなければ定員を削減するくらいの覚悟が必要だろう▼少子化が進む中、既に入試だけで大学生の学力が保証される時代ではない。だからこそ高大「接続」が課題になっているのだが、そのことをどれだけ分かっているのか。入試対策に特化した夏期講習真っ盛りの時期に冷水を浴びせるのは大変恐縮ではあるが、高校も大学もマスコミも世間も冷静に事態を直視しなければなるまい。

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