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2010年8月 1日 (日)

【池上鐘音(いけがみじゃんのね)】何でもかんでも

▼1週間ほど前の話で恐縮だが、某紙に大学の補習教育に関する記事が載っていた。以前の発表モノを「○日、分かった」と書くのは新聞の常套(とう)句だからご愛嬌としても、大学生の学力低下の原因を「ゆとり教育」や推薦入試に求めているのが気に掛かった▼1998~99年告示の学習指導要領で小・中学校の学習内容が削減されたのは事実である。当然、高校も必履修科目ではそれを前提に指導しなければならなかった。しかし、義務教育ではない高校には「青天井」を認め、大学受験層のゴールは以前と同じでよい、というのが改訂の趣旨だったはずだ▼そもそも本社の見るところ、進学校の多くはいわゆる「ゆとり教育」などしていない。本格実施直前まで「総合的な学習の時間」をはじめ模様眺めを決め込み、学力低下批判が起こるや無視ないし「裏カリキュラム」で臨んだ。ちょうど学校評価が導入されたことにも乗じて、ひたすら大学進学率の向上に奔走したのが実像だったろう▼カリキュラムでも、生徒の主要な進学先の入試科目対応の特化が徹底された。多様な教育課程を認めようとした改訂趣旨に反して、画一的な編成が全国で進んだのは皮肉と言うほかない。しかも生徒にどのような力を付けるか、という観点からでは、決してなかった▼もちろん、学生確保を第一にして入試科目を削減した大学側に主要な責任があろう。ただ、上級学校への進路実現を最優先にすることが「高校教育」として妥当なのか。高校側も今一度、猛省する必要があるのではないか▼大学側もレベルを下げて学生募集を行ったのだから、入学させた後に補習教育を行うのは当然である。そのコストは自ら負担しなければならない。一部有名大学も学力低下の原因を初等中等教育に押し付けるより、自ら求める学生像を入試方法や出題の形で表し、それでも期待されるレベルに達しなければ定員を削減するくらいの覚悟が必要だろう▼少子化が進む中、既に入試だけで大学生の学力が保証される時代ではない。だからこそ高大「接続」が課題になっているのだが、そのことをどれだけ分かっているのか。入試対策に特化した夏期講習真っ盛りの時期に冷水を浴びせるのは大変恐縮ではあるが、高校も大学もマスコミも世間も冷静に事態を直視しなければなるまい。

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