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2010年10月

2010年10月30日 (土)

コミュニティ・スクール(下) 「市場原理」転換の契機に

 前回はコミュニティ・スクールに超政争的な論議を期待した。今回はあえて政権交代の積極的な側面を評価したい。自民党政権下で10年余り続いてきた規制緩和・自由競争路線を転換する契機になることを期待してのことである。

 鈴木寛・文部科学副大臣は、ポスト近代社会においては「ガバメント・ソリューション」(政府による問題解決)や「マーケット・ソリューション」(市場による問題解決)では医療、福祉など社会的対人サービスの問題を解決できず、「コミュニティー・ソリューション」(コミュニティーによる問題解決)が必要だと説いている。それが教育分野ではコミュニティ・スクールに当たるわけだが、市場主義との対比で考えると意義深いものがある。鈴木副大臣はすべての学校に広義のコミュニティ・スクール化を求めたい一方で、学校選択制を「文部科学省が推進する必要はない」(6月の日本学習社会学会シンポジウム)との考えを示しているからだ。

 学校選択制は1990年代に一部自治体が小規模校対策として「特認校」制度を導入したことから注目されたが、現実には保護者による市場原理を働かせることによって「外圧」で学校を良くしようという動きとして広まった。96年12月には政府の行政改革委員会(当時)が学校選択の弾力化を提言。これを受けて文部省(同)も翌年1月、「地域の実情に即し、保護者の意向に十分配慮した多様な工夫」を求める通知を都道府県教委などに出している。

 実はこれまでも文部省・文科省が地方に対して学校選択制への転換を積極的に求めたことはなく、先の通知文のようにあくまで慎重な文言や言動に終始してきた。ただし2002年3月までに事例集を3冊も出したことに見られるように、実質的には推進の立場を取ってきたと受け止められても仕方がない。もちろんこれには、ますます強まるばかりだった規制緩和・自由競争の要求に迎合せざるを得ない側面があったことも確かだ。今でも文科省ホームページには「信頼される学校づくり」のメニューとして学校選択制が掲げられている。

 ただ実際の学校選択制が東京都内などに見られるように、保護者の公立学校不信を後ろ盾にして改革に及び腰な学校現場を変えるショック療法にしようとした面があったことも否定できない。そこには教職員組合の影響力排除など特殊政策課題も込められていることが少なくなく、カンフル剤としては当時、致し方ない自治体もあったかと思う。

 しかし、強烈に効く薬には副作用も伴う。個別具体的な自治体のことは論じないが、全国的には学校選択制の論議自体が「抵抗勢力」としての教育界のイメージを増幅させたことは確かだろう。当時は小泉純一郎内閣の下で規制緩和・自由競争路線が声高に叫ばれ、総合規制改革会議、規制改革・民間開放推進会議などと名称を変えていった諮問機関からの改革攻勢が強まっていた。そんな中でいわゆる「ゆとり教育」批判と相まって醸成されたのが学校・教員不信と教育界バッシング(たたき)であり、安倍晋三内閣の「教育再生」路線で頂点に達する。それが逆に現場を萎縮、疲弊させた問題点は指摘してもし過ぎることはない。

 2000年3月に教育改革国民会議が発足した当時、米国型の「チャータースクール」(特別認可学校)を日本でも導入しようという主張が強まっていた。公立学校設置の自由化論である。しかし同年末の報告で提言されたのはコミュニティ・スクールという似て非なるものであり、鈴木副大臣とのかかわりは前回触れた。ただし「学校運営協議会制度」として法制化されるに当たっては学校運営基本方針の承認権や意見具申権など、新自由主義的改革の影響があった側面も否めない。だからこそ鈴木副大臣は今、コミュニティ・スクールの「バージョン2.0」化を進めようとしているのであろう。逆に言えば、バージョン1.0を本来の理想型に戻そうとしているのかもしれない。

 そしてそれが行き過ぎた規制緩和・自由競争路線、もっと言えば学校・教員バッシングの風潮を変える契機となるよう、大いに期待したい。深刻化・複雑化する現在の公教育の問題はまさに当事者や関係者の連携・協力によってしか解決の糸口が見いだせず、政治の力によって作られた流れを変えるには政治の力以外にないと思うからである。

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2010年10月22日 (金)

コミュニティ・スクール(上) 政権交代後も残る成果を

 コミュニティ・スクールの再検討が、本格的に始まった。これは単に、数ある教育改革メニューの一つを見直すことにとどまらない。社会における学校の位置付け、もっと言えば市民社会の在り方さえ問うものである。教育界も腰を据えてこの論議に取り組む必要がある。

 18日に発足した「学校運営の改善等の在り方に関する調査研究協力者会議」はコミュニティ・スクール、学校評価、教職員の勤務負担軽減などをテーマとしており、まずは年内にも「新しい公共型学校」の考え方を整理するという。

 今回の論議が、鈴木寛・文部科学副大臣が主導するものであることは言うまでもない。コミュニティ・スクールはそもそも2000年の「教育改革国民会議」に委員の金子郁容・慶應大学大学院教授が提案し、報告に盛り込まれたものだが、その構想を練ったグループの一人が当時、慶大助教授だった鈴木副大臣である。

 だからといって副大臣となった鈴木氏が今、自分が携わった制度に固執し、その拡大を図ろうとしているだけだと狭く考えてはいけない。いや、そもそも鈴木副大臣らは、コミュニティ・スクールに壮大な意味付けをしていたのだ。

 少々難解だが、鈴木副大臣の説明を整理しよう。今や医療、介護、保育、福祉、教育などの社会的対人サービスは「オーダーメード」でなければ満足度を上げることができなくなり、「小さな政府」でも「大きな政府」でも対応はできない。そこで求められるのが「コミュニティー・ソリューション」(コミュニティーによる問題解決)であり、現場の当事者が「熟議」の手法で話し合い、その過程で役割を自覚し、解決していくことが求められる。それこそが「新しい公共」であり、コミュニティ・スクールはその典型である――。

 つまり、ここで問うているのは「ポスト近代社会」における市民社会そのものであり、それに対応した新しい政治の在り方である。それを提起し、実現しようとしているのが政権交代を果たした民主党だというわけである。

 しかし、そうした見直しを単なる政争ととらえてはなるまい。

 言うまでもなく現在の公教育と学校の教員は、さまざまな役割と期待を背負わされて疲弊している。閉そく感を打開するために何らかの措置を講じなければ、現場は持たないところまで来ている。その解決策の一つが「地域で支える学校」、すなわちコミュニティ・スクールであることは間違いない。

 そもそも明治以来、学校は地域に支えられて存在してきた。コミュニティ・スクールの理想像を追求することは、そうした古き良き地域像を現代なりに呼び戻すことにもつながる。鈴木副大臣も指摘するように、「学力トップクラス」の秋田県や福井県などでは学校と保護者・地域との信頼関係や連携が今も維持されている。地域社会の中に学校があり、学校がまた地域社会の核になる、という関係を、忘れてはなるまい。

 全小・中学校でコミュニティ・スクールを基盤とした一貫教育を行っている東京都三鷹市の貝ノ瀬滋教育長は、「コミュニティ・スクールからスクールコミュニティーへ」という展望を語っている。伝統的な地域社会が成り立ちにくい都市部であってもコミュニティーの創出は不可欠であるし、その可能性は学校にこそある。

 協力者会議にしても、来年度概算要求にある「『新しい公共』型学校創造事業」のための理屈づけのための場ととらえるべきではない。たとえ自民党政権になっても残るような、地域社会の中で存在する学校像を展望してもらいたい。

 そのためには教育界も、従来のように「地域や保護者に協力してもらう」という姿勢で論議していてはだめだ。地域から支えられるだけでなく、学校も地域を支えるイコールパートナーの自覚を持っていく必要があるだろう。

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