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2010年12月 9日 (木)

PISA02009 これが成果であり限界だ

 2009年に行われた経済協力開発機構(OECD)の「生徒の学習到達度調査」(PISA2009)の結果が発表された。この間の教育現場の取り組みを思うと、日本の数値は極めて納得できる。教育現場ができる限りの努力をした末の成果であるとともに、その限界をも示すものでもある。結果を基に、冷静な教育政策論議を行う必要がある。

 調査結果によると、読解力は第1回のPISA2000のレベルにまで回復した。PISA2003での低落による「PISAショック」を受けて、早くから読解力向上に取り組んだ成果だろう。ほかの分野も含めて、改善の兆しは各所に見られる。07年度に開始した全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で半ば唐突に「活用」のB問題を出題したことも、現場に大きな影響を与えたのは事実だ。校内研究のテーマが国語や算数・数学の「PISA型学力の育成」一色に染まったように、教室レベルで授業改善の努力が積み重ねられたことは高く評価されてよい。

 しかし、それでもトップクラスになれなかったことを客観視すべきである。とりわけ、これだけ現場が力を入れたにもかかわらず、数学的リテラシーは伸びなかった。読解力や科学的リテラシーが成績下位層を減らすことに成功しているのに、数学的リテラシーでは横ばいないし微減にとどまり、かえって中位層が減少している事実を軽視すべきではない。

 ほかの国と比較しても、まだまだ上位層を増やし、下位層を減らす余地はある。問題は、そのために何をすべきかである。

 この間のことを思い起こしてみよう。PISAショックの時は小泉構造改革に基づいた規制緩和・自由競争路線の最盛期で、義務教育費国庫負担さえ風前の灯であった。世間一般の公教育不信に乗じた中山成彬文部科学相(当時)の相次ぐ放言も、さらに不信を助長した。その後は安倍「教育再生」路線による教育界・学校バッシングがエスカレートし、行き過ぎた学校評価と勤務管理にもさらされた。そうした逆風の中で、心が折れそうになりながらも全国の教員が取り組んだ授業改善だ。

 もう「精神論」だけでは、国際社会が求める学力はこれ以上伸ばせない。本気でトップクラスを目指すというのなら、そのための有効な具体策を本気で検討すべきだろう。

 そもそもPISAは、学力コンテストでも教育ランキングでもない。データを基に各国が改善のための政策を立て、具体的な教育投資を行うためのツールである。そのことを忘れては、竹やりで本土決戦に備えた愚を繰り返すようなものだ。ましてや「ゆとり教育見直しの効果が表れてきた。気を緩めるな」などという無意味な総括は、百害あって一利ない。

 常識的に考えれば、概算要求している教職員定数改善計画の予算化は最低条件のはずである。クラスの人間関係の安定も含め、落ち着いた環境の中できめ細かな指導を行うためには、今以上の手厚い条件整備を行うしかあるまい。かつて財務省は「教員を増やしても学力向上の成果は上がっていない。もっと努力する余地があるはずだ」と主張して定数改善を阻んだが、その結果どこまで成果が上げられたか、今回のPISAの結果をよくよく検討すべきである。

 現在の政権与党である民主党にも、そのことを重々認識してほしい。「新成長戦略」に世界トップレベルの順位を掲げたのは、ほかならぬ菅内閣である。万が一、財源不足を理由に定数改善を見送るようなことがあれば、こぞって教育界に見捨てられるであろう。

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