「地域の中の学校・教職員」を次期振興計画の核に
第2期教育振興基本計画の策定に向けた中央教育審議会の審議が始まっている。そこでは当然、第1期の反省や社会の要請だけでなく、東日本大震災の教訓を踏まえた教育の在り方が課題になってこよう。そこで、ぜひ初等中等教育の分野の中心に据えてほしいテーマがある。「地域の中の学校・教職員」ということである。
繰り返し指摘してきたように、今回の震災は改めて「学校」という存在の重要性を再認識させた。学校が単なる施設ではなく、地域コミュニティーにとっての象徴的存在であり、しかもそこには基本的に優秀で真面目な教職員が配置されていることも欠かせない。
今月初めに相次いでまとめられた文部科学省有識者会議の提言類も、そうした点を強調したものと言っていい。「全国で地域社会を支えるインフラとなっている、世界でも画期的なシステム」(学校運営改善協力者会議)、「学校は地域の絆であり、被災地の復興の鍵は学校の復興にある」(東日本大震災学校施設検討会)という言葉を、改めてかみしめる必要がある。 しかも「避難住民のために昼夜を問わず勤務を続けていた」(同検討会)のが他ならぬ学校の教職員であったことを、平時でも忘れないようにしたい。
学校とはもともと、そういう存在だったのだ。発達途上にある生身の子どもを相手にする以上、単に知識を教える場、教育だけの場にはとどまっていられない。家庭の経済格差や児童虐待、就職難が深刻化する今、福祉・雇用分野との連携の必要性もますます高まっている。
地域の中でのさまざまな安心・安全を担う存在である学校と教職員を、どう確保するか。それこそが「ポスト3・11」後の初等中等教育における喫緊の課題となるべきであろう。「全て先生方の献身的な善意に甘えている」(同検討会第2回会合での片田敏孝群馬大学大学院教授の発言)というのは、今回の震災対応だけの話ではないだろう。
そのためには物的・人的の両面に集中的な予算投入を行うことはもちろん、その存在に見合った働き方ができるような環境整備も進める必要がある。もはや「子どもと向き合う時間の確保」などという言葉では生ぬるい。学校と教職員の自由度を抜本的に拡大し、さまざまな子どもと地域の課題にフリーハンドで動いてもらえるような学校運営と勤務形態の保障が不可欠である。
それを「コミュニティ・スクール」と呼ぼうと「新しい公共型学校」と呼ぼうと「地域とともにある学校」と呼ぼうと一向に構わないのだが、地域コミュニティーの核を担う学校・教職員という視点を教育改革の核に据えることが、すなわち新学習指導要領への対応や多忙化解消、信頼される学校づくりなど直面する教育課題の解決にもつながることは言うまでもない。裏を返せば、第1期計画のような「総花」では何の改善にもつながらないばかりか、課題をますます深刻化させるだけである。
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