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2012年5月

2012年5月20日 (日)

【池上鐘音】思い込みの危険性

▼1カ月間、ブログの更新を自粛していた。本業の本社配信記事で誤報をしてしまったためである。発注先とは穏便に済み訂正も滞りなく行えたのだが、たとえ一瞬でも読者に誤解を与えたことは重大だと考えた▼もっとも最近は月1本の更新ということもままあるので夏休み直前の停学処分のようなものなのだが、ごく少数とはいえ本社説に期待してくれている読者にもおわびするしかない▼どのような記事だったかは発注先との関係で明らかにできないが、原因は思い込みによる勘違いであった。それも生資料に当たれば容易に気がつけた勘違いなのだが、「資料を見ても載ってないだろう」という思い込みが重なってミスを犯してしまった。記者として基本中の基本を怠ったということで猛省した次第である▼言い訳をするわけではないが、思い込みとはやっかいなものである。誤字・誤植の危険も日常茶飯事だが、思い込みで読んでしまうため自分ではなかなか気づくことができない。だからこそ新聞社には厳しい校閲・校正部門が置かれているのだが、一人偽装会社ではそれもかなわない▼思い込みといえば、最たるものは東京電力福島第一原子力発電所の事故であろう。「安全神話」というより、安全である、事故は起こらないはずだ、との思い込みが最悪の結果を招いてしまった――というのは誤報の言い訳にもならないが、一つのミスで信用を失墜しかねないのは同じだろう▼厳しく批判ができるのも、それが事実に基づいていればこそである。事実そのものが間違っていては、ただ怒りに任せて文句をつぶやくのと同じだ。批判の主張をするにしても、批判する対象はもとより読者にもその批判が妥当かどうか判断できるよう配慮しておくことが求められる。それが最末端であってもマスコミ人の責任だ。その点でも猛省しなければなるまい▼いま教育界は大変な状況に置かれている。いわゆる「ゆとり教育」批判にみられるように世間からの思い込みによって、いわれなきバッシングにさらされて更なる困難に陥っていることも少なくない▼本社はそうした風潮に流されず、事実を正しく踏まえた上で報道、主張していくことが使命だと思っている。時には教育界に厳しい注文もつけなければならないが、それも正しい事実を踏まえてこそ聞き入れてもらえることだろう。それだけに常に記者の基本に立ち返り、思い込みを排すよう留意しなければならないと自戒しているところである。

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