大学改革実行プラン 「衝撃」は軽視できない
平野博文文部科学相が4日の国家戦略会議に「社会の期待に応える教育改革の推進」の方針を提示し、翌5日には高井美穂副大臣らが「大学改革実行プラン」として詳細を発表した。事前の報道でも高校2年卒業や国立大学の「集約」案が大きく取り上げられたが、正式公表後は内閣改造や元オウム信者逮捕などの重大ニュースに隠れて一般には十分着目されなかったように思う。しかし、プランの「衝撃」は想像以上に大きい。
衝撃にカギカッコを付けたのは、さまざまな意味合いがあるからだ。まず、教育関係者への衝撃である。内容もさることながら、何より中央教育審議会で第2期教育振興基本計画に向けたさまざまな改革が議論されているさなかの突然の提案だった。7日に行われた中教審大学教育部会では当然、委員から「我々が一度も議論しないうちに決まったのか」と非難の声が相次ぎ、文科省事務当局は「プレゼン用なので表現は適切さを欠いたかも」「検討したい・すべきだということを書かせてもらった」など弁明に追われた。
同プランは、副大臣(発足当時は森ゆうこ氏)の下に置かれた「大学改革タスクフォース(TF)」で、省内関係者により検討された。昨年11月の政策提言仕分けや年末の財務省との折衝で大学改革が論議になったことを受けたもので、今年4月には戦略会議民間議員から提言があり、野田首相からも「宿題」が出されている。今回のプランはその答えとして急きょまとめられた。だから同省の「方針」として必ずしもオーソライズされたものではない。今後、個別の案件が中教審や協力者会議などに諮られていくことになる。
民主党政権下の教育政策は、自民党時代とは比べものにならないくらい政治主導で行われている。それは世間で言われるような日教組主導などという単純なものでは決してないものの、政務三役の発言力が格段に高まったことは確かだ。もちろん事務当局との協調と緊張の関係の中で進められていることだし、プランの端々には慎重な事務当局を押し切った政務三役の意向が行間ににじみ出ている。
ただ以前なら鈴木寛副大臣(当時)の頭の中にとどまっていたようなものが、政権のグランドデザイン(全体構想)として明文化された意義は大きい。それも一つの衝撃である。
それよりも大きい衝撃は、同プランが決して空理空論から出されたものではなく、現状に対する危機感から構想されていることだ。「大学入試の改革」がいい例だろう。1点刻みではないセンター試験の資格試験的活用だの「クリティカル・シンキング」の共通テストだの、事情を知らない人にとっては何をばかなことをと思うかもしれないが、実は前から論議のあったことだし、本社説や本社配信記事を読んでくれるような好事家なら喫緊の課題でさえあることが理解いただけよう。
先の中教審部会でも、異論を唱える委員からさえ「よくできている」との評が漏れた。本社も同感である。新規の国家戦略を打ち出したい内閣、財政削減をしたい財務省、統廃合を含めた大胆な大学改革を求めたい戦略会議民間議員などとの緊張関係にあって、政務三役と事務当局が総力を挙げた解答試案としては、たとえ生煮えであっても十分たたき台として通用しよう。
もちろん、細部には異論や疑問がある。高校早期卒業制度は高校教育とは何かの根本理念を揺るがすものであり、中退扱いとなる飛び入学制度とは決定的に違う。これについては別途論じたい。高校類型化への疑問は、既に論じた通りである。大学の入学・卒業時期の弾力化も、各大学の判断と責任で行えば済む話ではないかと思わなくもない。
それでも「スピード感を持って」(TF説明資料)検討と提言が行われたことの衝撃を過小評価してはならない。大げさに言えば、文教行政史上の転換点になるかもしれない。中教審などで個別の検討が始まれば、仮に次の政権交代があったとしても審議課題としては残ることになる。何よりそれらが、いかなる政権であっても解決すべき課題であることを否定すべきではない。政権末期のたわ言と軽視せず、大いに着目して国民的議論に付すべきだ。 それだけの「衝撃」的な提言である。
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