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2012年7月 1日 (日)

平野方針 初中教育の微修正は当然だ

 平野博文文部科学相が6月の国家戦略会議に示した教育改革方針が、早くも修正を余儀なくされている――。 といっても「大学改革実行プラン」ではなく、初等中等教育に関連してのことである。いずれも同会議の民間議員提案に対する言い訳のような提言だし、盛り込むこと自体に無理があった。「日本再生戦略」では微修正を望みたい。

 6月18日に開かれた中央教育審議会の高校教育部会に示された「課題の整理と検討の視点(案)」では、高校の「類型」化があっさり撤回された。例示としては残したものの、学校自体をその目標に特化するのではなく、各学校が決める人材像の要素という位置付けである。

 高校類型化については、先の社説で疑問を呈しておいた。しかし平野方針では「「高等学校の類型を念頭に置いた教育の改善・充実」と明記。文部科学省は類型化にひた走っているかのような印象を高校教育界に与えた。

 2週間で事実上の撤回となったのでは、結果的に戦略会議に対する方便だったと思われても仕方がない。ただ、元々が同部会委員から反発の大きかった提案である。撤回は当然だろう。

 もう一つの修正点は、「小中一貫教育制度(仮称)」だ。もっとも、こちらは何を持って修正と呼ぶかは評価が分かれるかもしれない。

 25日の中教審「学校段階館の連携・接続等に関する作業部会」では、小中一貫教育を実施する学校には設置者の判断で学校設定教科の開設など教育課程の基準の特例を認める一方で、「義務教育学校制度(仮称)」の創設は現段階で見送る意見整理案が示された。

 同作業部会のヒアリングでは東京都品川区などから義務教育学校制度の創設を求める意見が出された一方で、同じく小中一貫教育を実施する自治体の委員には「現行制度の下でも改革はできる」との主張が根強かった。中には「議論があったのか」(25日)という委員も少なくないようだが、会合の流れからいって見送りの整理案が出てきてもおかしくはない。

 教育課程の特例を設置者の判断に委ねるのだから、これは初中教育にとって相当に大きな改革だと言っていい。だからこれを「制度」の創設とも「六三三制の柔軟化」とも呼べよう。

 ただし小中一貫教育制度を、初中教育から高等教育までの一貫した流れに置いたままだったとしたら事情が違ってくる。「中高一貫教育の推進」や高校「早期卒業制度」創設の提言と併せれば、必然的に学年主義の弾力化まで導き出されるところであった。もっとも、あっさり義務教育学校制度の提案が見送られたところからすれば、やはりこれも方便の一種だったかと納得できる。

 一方、高校早期卒業制度は高校部会の検討課題に残された。18日には詳細な論点例も示されたところである。これについては別途論じたいが、本社は慎重な検討を求めたい。再生戦略でも平野方針通り「検討」にとどめるのが適当だ。

 ただ、たとえ微修正であっても、それに代わる「社会構造の変化に対応するための初等中等教育システム改革」には何が必要か、改めて問われる必要が出てこよう。それは決して「真のリーダー」育成(4月9日の国家戦略会議民間議員ペーパー)ではなく、「「分厚い中間層」復活(平野方針)のためである。とりわけ初中教育では質の「保証」より「保障」が日本再生にとっても今まで以上に重要であることを、重ねて強調しておきたい。 

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