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2013年1月

2013年1月29日 (火)

【社告】本社関連掲載情報

 昨日発売の『AERA』2013年2月4日号 「教員『駆け込み退職』の裏にあるもの」記事中に、本社論説委員のコメントが引用されております。

 …しかし尾木ママと意見が被ってしまったのは、内心忸怩たるところ。

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2013年1月27日 (日)

入試中止問題 「拙速」な教委制度改革を占う事案だ

 部活動顧問の教諭による体罰で生徒が自殺した大阪市立桜宮高校の今春入試をめぐって、橋下徹市長の中止要請を受けた市教育委員会は体育科など2学科の募集停止と、募集人員や試験科目を変えないまま普通科に振り替えることを決めた。決定の是非は、この際おいておこう。問題の根本は橋下市長が言う通り、教委制度そのものを問おうとしていることにあるからだ。そして今回の事案は、首長の権限が強まればどういう事態を招くかをも示す事例と言えるように思う。

 市教委の判断に対しては、「折衷案」という評価が大勢のようだ。それでも橋下市長自身が「素晴らしい決定をしてくれた」というのだから、現行制度の下では満足できる結果なのだろう。

 ここで、もし首長に教育行政の管轄権があったらどうなっていたかを考えてみよう。橋下市長の判断で即、入試は中止となっていただろう。もっと言えば橋下市長は今回の事案を生徒や保護者の意識も含めた同高全体の体質が問題だと捉えているのだから、場合によっては同高の即廃校すらあり得た。

 政権に返り咲いた自民党は政権公約で、首長が議会の同意を得て任命する常勤の教育長を教委の責任者にするとしている。そうなると教育長は首長の直属の部下として、その指示に従った判断をすることになろう。今回の事案で言えば、橋下市長の判断イコール教委の決定になるわけだ。

 橋下市長は事あるごとに「僕が間違っていたら選挙で落とせばいい」と主張する。では、選挙までの間はどうなるのか。子どもを育てるには長期的視点が不可欠な学校教育に関して、任期期間中は首長がいかようにも左右できる白紙委任状を与えていいものなのか。数年後に落選させたところで、取り返しはつかない。

 もちろん、自民党の公約通りに教委制度改革がなされたら全国で大阪市のような事態が起こる、とまで言い立てるつもりはない。少なくとも首長の“暴走”を止める手立ては講じておかないといけない、ということである。

 教委を首長の諮問機関とするアイデアも、よく語られる。前政権の民主党にしても合議制教委に替わる「教育監査委員会」を唱えていた。ただ諮問機関の独立性がいかに怪しいものであるかは、とりわけ省庁再編後の中央教育審議会の動向を見れば推して知るべしであろう。

 国と地方の関係も大きな対立点になろう。自民党公約では「国と地方の間」についても「権限と責任のあり方」の抜本的な改革を行うとしているが、いじめ対策にみられるように国の管理統制をさらに強化しようという方向にあるのは明らかだ。それが学校設置を自治体の義務とした地方教育行政の在り方にとって望ましいことなのかどうか、慎重な検討を要しよう。

 一方、橋下市長は文部科学省に対しても批判的であり、地方の権限を強めるよう主張している。同じ大阪府内では泉佐野市の千代松大耕市長が全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の学校別結果を公表する意向を示し、文科省が学テ参加を認めない方針を伝えるといった対立も起こっている。教育は誰でも口が出せるだけに、首長思いつきの教育政策を独断で振り回されてはたまらない。

 確かに現行の教委制度に問題がないとは言わない。地方教育行政制度研究の第一人者である小川正人放送大学教授も、委員を務める中教審の教育振興基本計画部会で下村博文文部科学相の検討要請に対して「むしろ私の考え方に近い」と述べるほどである。

 ただ、検討するなら現行教委の問題点ばかりでなく、首長側の問題点も併せて俎上(そじょう)に乗せるのでなければ均衡を欠こう。その検証事例として、大阪で橋下氏が府知事に就任して以降の事態は最も適している。

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2013年1月26日 (土)

駆け込み退職 安倍「元」首相にも遠因がある

 埼玉県の公立学校で100人を超える教職員が退職金の減額を避けるため年度末を待たずに退職することが報道されて以来、大きな話題となっている。文部科学省の緊急調査によると、現在のところ駆け込み退職は4県で172人になるという。下村博文文部科学相や上田誠司埼玉県知事は不快感を示して最後まで勤めてほしい旨を表明したが、世論には「無責任だ」という声がある一方で「制度設計の問題だ」という同情意見も強いようである。

 退職金減額制度の是非は、ひとまずおいておこう。一報を聞いた時、まず浮かんだのは「あぁ、ついに先生方も切れてしまったのだな」ということだ。

 確かに150万円の差額が惜しくて辞める人もあろう。個人にはそれぞれの事情がある。しかし、それでも2000万円以上が貰える退職教職員のすべてが純粋にカネ欲しさに直前で職を放り投げるとは思えない。ましてや埼玉県では学級担任が30人いるという。子どもたちのことを考えれば最後まで勤め上げたいと思うのが当然だろう。

 それでも退職を選んだのはなぜか。もう我慢がならなくなった、としか思えない。

 学校現場では、2006年度の調査でも残業時間が1カ月当たり40時間近くに上るほど多忙化が常態化している。それから6年がたち、事態はさらに悪化していることは間違いない。その上、管理統制の厳しさに加えて子どものみならず保護者対応も難しさを増しており、「多忙感」は時間で測れる比ではなくなっている。新しい教育課題に対しても学校現場には一種の拒否感や判断停止状態さえみられ、「いくら頑張っても報われない」という閉塞感がまん延している 。

 そうした閉塞感を決定的に深めたのが小泉純一郎内閣時代の構造改革・新自由主義路線であり、それに続く第1次安倍晋三内閣の「教育再生」路線だった。当時、学力向上の取材で学校現場を回っていて、大臣らの発言が報道されるたびに現場の意気が消沈していく様子がありありと見て取れた。新学習指導要領の理念を真剣に受け止めて実践してきた学校や教員ほど「自分たちは何をしてきたんでしょうね」と力なく話していたことを覚えている。

 とりわけ前の「教育再生会議」は世間の公立学校・教員バッシングを後ろ盾として公教育を「機能不全」に陥っていると断じ、教育界まるごとに「悪平等」「形式主義」「閉鎖性・隠ぺい主義」「説明責任のなさ」「危機管理意識の欠如」がはびこっていると決めつけた。行政の公式文書として初めて「ゆとり教育」という言葉を使い、その見直しを宣言したのも、その後の新教育課程理解に大きな禍根を残す結果となった。

 50代のみならず、常に「辞めたい」という衝動を抱えている教職員は少なくない。それでも目の前の子どもたちや自らの生活を考え、教職を志した時の希望を思い出しながら、空元気を出して日々の指導に臨んでいるというのが実態だろう。何かきっかけがあれば誰もが辞表を出す可能性があるし、実際に年度途中の退職が大都市圏などでは深刻化している。辞めないまでも、病気休職に追い込まれる教職員は後を絶たない。

 そうした中で定年まであとわずかと我慢してきたのに、ほんの数カ月前に退職金まで下げられるとあっては切れたとしてもおかしくない。教育に対する情熱や責任感という範囲を、既に超えている。

 もちろんベテランの中には、自らの教育理念に固執するあまり昨今の教育理念の変化についていけなかった者もあろう。また国や地方の財政事情や民間との均衡を考えれば、ある程度の給与削減は避けられない。それでも前倒しの退職金削減が、何とか職務にとどまってきた真面目な教職員の背中まで押してしまったことは否めない。

 安倍首相は前内閣時代に対する反省の弁を繰り返し、その教訓を基にパワーアップしたことを強調している。そうであるなら、学校現場に閉塞感を広げた責任の一端が自分にもあったことを自覚して今後の政権運営に当たってもらいたい。教育再生「実行」会議の第1回会合での発言をみる限り、そうした自覚までは感じられないのが残念だ。

 付け加えれば、早期退職問題は残り数カ月を再任用扱いにすれば解決するだけのことである。再任用できない特殊な事情のある教委もあるかもしれないが、まず子どもたちのことを第一に考えれば解決の道は探れるはずだ。 

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2013年1月23日 (水)

【社告】社員出演情報

 本日20時55分ごろ、首都圏ネットのFMラジオJ-WAVE(81.3mhz)『JAM THE WORLD』(水曜パーソナリティー=ジャーナリスト・堤未果さん)のコーナーに本社論説委員が出演を予定しています。テーマは「学校週6日制を考える」。

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2013年1月 2日 (水)

「21世紀型スキル」重視に備えを

 昨年末から今年にかけての教育界の焦点は、表面的に見れば政権交代に伴う教育政策がどうなるかにある。しかしその陰で政権がどう変わろうとも避けられない課題があり、改革に向けた種も既に昨年中にまかれている。

 総選挙を直前に控えた先月半ば、文部科学省は「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会」を発足させた、この長い名前で何を検討する会なのか、ぴんとくる人は少ないだろう。

 一般傍聴者にも公開される公式の会議とはいえ、いわゆる初等中等教育局長の私的諮問機関という位置付けである。しかも当初段階では何が打ち出されるか全く不透明だし、当然ニュースにもならない。この検討会の発足を極めて重要な動きだと思うのは、本社だけであろうか。

 文科省事務局が示した「主な検討の視点等」では、検討会設置の趣旨として「育成すべき資質・能力の構造を明らかにした上で、それを実現するための具体的な教育目標、指導内容などの教育課程と学習評価を一体的に捉え、その改善に向けての基礎的な資料等を得るため」と説明している。これでも、ぴんとくる人は多くないだろう。

 大胆に解釈しよう。検討会の発足は、学習指導要領の次期改訂に向けた準備作業の実質的なスタートである。そこでは幼稚園から大学・大学院までをも一貫した資質・能力育成の系統化が図られ、「教科主義」さえ克服するような目標・内容の示し方が打ち出されるかもしれない。そして、教科の枠を超えた「21世紀型スキル」の育成重視は、改訂を待たずに現行指導要領の下でも求められることになる――。 

 絵空事だと思われるだろうか。あるいは「また○○力が加わるのか」と拒否感さえ抱かれるだろうか。しかし、そうした固定観念こそ転換を求められていることに学校現場も自覚する必要があろう。

 21世紀型スキルは、決して新しく提言するものではない。少なくとも文科省は、そう説明しようとしている。すなわち改正学校教育法で盛り込まれた「学力の3要素」であり、現行指導要領にも反映されている。「学士力」や「社会人基礎力」とも軌を一にするものだ。何より経済協力開発機構(OECD)が提唱する「キー・コンピテンシー」(主要能力)に対応するものであり、「生きる力」はそれを先取りしたものだ、と。実際、自治体や学校レベルで「21世紀型スキルの育成」を打ち出すところも少なくない。

 昨年夏、国立教育政策研究所が注目すべき報告書をまとめていた。「社会の変化に対応する資質や能力を育成する教育課程―研究開発事例分析等からの示唆」だ。まだ研究途上であるが、今後求められる資質や能力を明らかにした上で、「21世紀型の教育課程の在り方」を探ろうとしている。

 カリキュラムの大胆な再構成への準備は、着々と進んでいる。そして、それを「教育目標、指導内容、学習評価を一体的に捉え」(「主な検討の視点等」)る形で示そうとしている。当然、学校現場には具体的な指導計画の策定と、実践レベルに落とし込むことが迫られることになる。

 こうした流れには、いわゆる「学力向上」の枠組みでは決して対応し切れない。教科主義に凝り固まった考えも、いよいよ捨てなければならなくなる。ましてや、いまだに「ゆとり」か「脱ゆとり」かで物事を見ていては理解することすらできないだろう。

 もう一つ注目しているのが、中央教育審議会の高大接続特別部会の動きである。昨年6月の「大学改革実行プラン」が提言した「意欲・能力・適性等の多面的的・総合的な評価」に対する回答が、今年中にも出されようとしている。よく「大学入試が変わらないと教育は変わらない」と言われるが、大学入試そのものが現実的に変わろうとしているのだ。

 外堀は着々と埋められつつある。そのことに対して、学校現場の側からも実践者の立場から積極的な提言が求められる。新しい時代の教育に向かって、専門性を向上させることも不可欠だ。そのための要求は、むしろ強力にしていくべきだろう。建設的な批判は重要だが、単なる拒否反応ばかりでは専門職としての矜持(きょうじ)が疑われよう。

 新年早々から、寝ぼけた初夢のような話で恐縮である。それでも表面的な事象の底流に何があるのかをしっかり見据えた上で、今年も論説を展開していきたい。

【関連本社配信記事】
・「将来の授業、社会で役立つ「スキル」重視に!?」(ベネッセ教育情報サイト・教育動向)

http://benesse.jp/blog/20120823/p3.html
※今後、配信記事アップ予定。

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2013年1月 1日 (火)

【社告】新年ごあいさつ

謹んで新年のお慶びを申し上げます。

政権交代に伴う数々の政策転換が予測される一方で
世間からは注目されない大改革の種も蒔かれつつある中、
社会的責任も自覚しつつ一層精進してまいる所存です。

本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

   「教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説」社員一同
                     代表社員  渡辺敦司
                     編集局長  渡辺敦司
                     論説委員長 渡辺敦司
                     取材部長  渡辺敦司
                     整理部長  渡辺敦司
                     校閲部長  渡辺敦司
                     写真部長  渡辺敦司
                     出版部長  渡辺敦司
                デジタルメディア本部長 渡辺敦司
                     事業課長  渡辺敦司
                     CSR課長 
渡辺敦司
                  教育戦略係長  渡辺敦司

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