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2013年5月

2013年5月31日 (金)

高校教育が阻む?日本の人材育成

 高校教育の実態について、危機的な状況が浮かび上がった。ベネッセ教育開発センターが先ごろまとめた「大学生の学習・生活実態調査」の結果である。

 調査からは、近年の大学がアクティブ・ラーニング(能動的学修)と呼ばれる学習形態の授業を増やしているというのに、肝心の学生側はむしろ受け身の座学を好んでいるというのだ。しかも過去の調査と比較すれば、その原因は講義中心だった高校の授業にあるという。せっかく中学校までは話し合いや発表を多く採り入れた授業改善を進めてきたのに、高校で断絶してしまっている。

 「大学受験があるから」。高校で常に使われる言い訳である。「生徒の進路実現を図るのが第一」「進路実績は、地域や保護者の期待でもある」というのを口実に、進学指導を最優先している実態がないとは言えないだろう。

 もちろん、大学進学率が50%を超える中で進学指導が中心にならざるを得ないのは分からないでもない。学習意欲が十分でない生徒に合格のための学力をつけさせる苦労も否定しない。しかし、それは「受験指導」であって「進路指導」ではない。

 大学側がアクティブ・ラーニングを増やしているのは、それが社会で求められる汎用的能力を育てるものだからである。中央教育審議会の「質的転換答申」に指摘されるまでもなく、卒業生が社会から評価されるかどうかは存亡を左右するから必死だ。学生にしても、就職できるかどうかの雌雄を決すると言っても過言ではなかろう。それなのに高校が手取り足取り受験指導して主体性のない生徒を送り出すばかりでは、大学で伸びない学生を大量生産しているに等しい。

 振り返れば文部科学省が学力向上路線にかじを切って以来、高校現場の多くは「ゆとり教育は見直された」と言って嬉々として受験指導にまい進してきた印象がある。同時期に高校にも成果主義的な学校評価が広がったという点では、必ずしも現場だけを責められるものでもない。

 しかし、どれだけ新教育課程の趣旨を正しく努力し、実践しようとしてきたか。真面目に「総合的な学習の時間」に取り組もうとした一部教員などを除き、ますます旧来型の教科指導に閉じこもってしまったのではなかったか。

 もちろん単純に「文科省の方針だから従え」などと言うつもりはない。学習指導要領の検証は、むしろ現場でこそ必要だ。しかし真摯な実践もなしに、ただ自分たちの指導に固執するあまり最初から拒否反応を示しているだけではないか。学力向上路線以降、中学校現場が行ってきた授業改善努力と比べると対照的だ。その結果が、先の過去調査に表れている。

 先ごろ答申された第2期教育振興計画は基本的方向性の第一として「社会を生き抜く力の養成」を掲げ、幼稚園から高校までは「生きる力の確実な育成」、大学以降では「課題探求能力の修得」を掲げている。もし高校が本気で大学との接続を考えるのであれば、生きる力を育成する中で「自ら学び、考え、行動する力」を鍛えるべきだ。それが大学で「答えのない問題」に取り組む基礎となる。逆に言えば、受験偏重指導で「考えない高校生」ばかり育てていては、大学がいくら教育を改善しても功を奏しない。

 まして今後は、新年社説で指摘した通り「21世紀型スキル」の育成が課題になる。第2期計画でも「協働型・双方向型学習」を打ち出している。中教審の高等学校教育部会で高校教育の「コア」として「社会・職業への円滑な移行に必要な力」「市民性」が提起されている意味を、真剣に受け止めるべきだ。

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