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2013年6月20日 (木)

「日本」の限界象徴する東大の秋入学見送り

 東京大学が、秋入学の導入を当面見送った。もっとも過渡期的に「4ターム制」とする学事暦案は昨秋の段階で明らかになっていたし、濱田純一総長は引き続き早期実現を追求していく姿勢を強調している。しかし、そもそも秋入学構想は濱田総長が自らの任期末である2015年に向けた改革の一環として検討を求めていたものである。第3期中期目標・計画期間(16~21年度)に先送りしたとあれば、実質的には白紙になったと言ってよかろう。

 結果的には、妥当な落としどころに落ち着いたというべきかもしれない。4ターム制なら春入学が原則の国内にも、秋入学が一般的な国外にも対応できる。実際、早稲田大学は既に「クオーター制」を一部で導入し、慶應義塾大学でも導入案が浮上しているという。

 しかし、そうした経過や結論が東大的、もっと言えば日本的だと言ったら皮肉に過ぎようか。

 本社は濱田総長の諮問を受けた懇談会が秋入学への移行を前向きに検討していた12年1月の段階で、東大の英断に対する一定の評価とともに違和感も表明しておいた。評価したのは、独立行政法人となった国立大学が独自の判断で自らの存立さえ左右する選択をしようとしたことだ。違和感は、当初から単独ではやらないと明言していたことにあった。

 今回、検討会議がまとめた答申でも「国家資格試験の時期などの見直しやギャップタームに関する理解など社会的な環境整備の具体的な見通しはまだ十分明らかではない」ことを秋入学への全面移行が困難な理由に挙げている。しかし、東大が言い出せば日本中がすぐに動き出すと思う方が甘かったろう。下村博文文部科学相が秋入学やギャップターム推進のための検討会議を9月に設ける方針を表明したばかりだというのに、掛けたはしごに上るのをやめてしまっては面目丸つぶれだ。

 東大が秋入学に踏み切れなかったのは、やはり国内でのリスクを取りたくなかったからだろう。「研究大学」として国際的なランキングは上げたい、さりとて「市民的エリート」や「指導的人格」(東大憲章)の輩出という地位も失いたくない、官僚や医師・弁護士にも引き続き人材を供給したい――。結局、あれもこれもで機能別選択ができなくなっている。あるのは「エリート大学」かそうでないかの二分法だけだ。

 選択の決断ができないという点では、日本社会全体に共通する傾向と言える。もっとも政官界や経済界の中枢を東大卒が担っているのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 秋入学に向けて学内合意が得られなかったことも、日本の大学の現状を象徴していよう。懇談会報告が示されて以降も、提言に冷淡な研究科・学部等は少なくなかった。独法化で学長や理事会の権限が強化されたというのに、学部自治・教授会自治は根強く残っている。中教審が近く大学のガバナンス(統治)の在り方の本格審議に入ろうというのに、大学界のリーダー的存在がこれでは先が思いやられる。

 しかし日本は、それでいいのかもしれない。グローバル化への対応は一定程度必要だが、変に「国際標準」にこだわり過ぎて世界の敗者となるより、国際社会と協調しながら多少ずれたところで「強み」を生かす方がよほど勝算が出てこよう。皮肉ではなく、本気でそう思っている。

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