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2013年7月

2013年7月25日 (木)

【池上鐘音】悪貨と良貨

▼中山成彬元文部科学相の発言が、また物議を醸した。といっても所属する日本維新の会内での話だから大勢に影響はないが、放言癖にはほとほと呆れる▼発端は6月のインターネット討論番組で「(共同代表の橋下徹大阪市長を)私は代表と言わないで市長と言っている。代表と認めていない」と発言したことにあった。これを1カ月余りたって聞かされた橋下市長が激怒、「仲間とは思っていない。出ていってほしい」と離党を迫る構えを見せた▼すぐさま平沼赳夫国会議員団代表が幹事長の松井一郎大阪府知事に「そういう意図で言ったのではない」と弁明を伝えると、橋下市長も「違うならいい。解決済みだ」と矛を収めたのも変な話だ。しかも当人は「マスコミは維新の会を分裂させたがっている」「足を引っ張ろうとする輩もいる」と人のせいにして平然としている▼だいたい中山氏は2008年、舌禍により国土交通相を4日で辞めた直後にいったん当期限りでの引退を表明しながら2週間もたたずに撤回して次期出馬の意思を固めるも翌日断念するというドタバタ劇を繰り広げた。本社も当時この人に完全引退を勧めたものだが、09年の衆院選に自民党公認が得られないまま立候補し落選している▼そんな中山氏が現在、議員でいられるのは昨年12月の衆院選で「たちあがれ日本」を経て合流した日本維新の会から比例復活当選したからである。いわば橋下人気のおかげで返り咲きできたのに、恩を恩とも感じないのがこの人の真骨頂である▼対照的なのが、先の参院選で落選した鈴木寛・元文科副大臣だ。実績は申し分ないし議員としての資質・能力は中山氏と比べるまでもないのに、退潮著しい民主党人気に候補者調整のゴタゴタまで加わったのは決して本人の責任ではない▼本社はかつてスズカン氏に対して批判的な論評を行ったが、それも政権与党の文教政策のキーパーソンを監視する役割を果たそうとしてのことである。別の社説では彼がいずれ文科相になることに期待を表明さえした。参院選期間中インターネット検索で批判社説の方ばかりが読まれ、彼の得票を20票ほど減らした可能性があるのは誠に不本意である▼有能な政治家が落選し、無能な政治家が議員になれる。「悪貨は良貨を駆逐する」というが、悪貨をはびこらせ良貨を駆逐するのもまた選挙の妙なのか。かつて中山氏のような政治家が長期政権時代の自民党に多数いたことを思い起こすと、暗たんたる気分になる。いや、今も同じか。

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2013年7月23日 (火)

「21世紀型能力」に今から照準を

 国立教育政策研究所(国研)が「21世紀型能力」の育成を提案した――。こう聞いて、「また〇〇力か、もうたくさんだ」と思うだろうか。いや、むしろ80項目とも100項目とも言われるまでに増殖したナントカ力やナントカ教育を整理し、未来に向けて子どもと社会の可能性を広げるための提案だと捉えたい。

 21世紀型能力の試案は、6月末の文部科学省「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会」に報告された。先週やっと国研や文科省のホームページ(HP)に報告書原文やプレゼンテーション資料がアップされたし、本社記事も配信されたので参照してほしい。

 国研の説明によると21世紀型能力は、経済協力開発機構(OECD)の「キーコンピテンシー(主要能力)」、インテルやマイクロソフトなどが主導する国際プロジェクトACT21Sの「21世紀型スキル」という二大潮流を受けて主要各国で進められている「コンピテンシーに基づく教育課程改革」への、日本独自の対応だという。

 21世紀を生き抜く力を持った日本人に求められる能力を「思考力」「基礎力」「実践力」の観点で再構成しており、とりわけ思考力をその中核に位置付けている。思考力は基礎力によって支えられ、その使い方は実践力によって方向付けられる、というわけだ。

 ただし、これまでの教科・領域を大幅に再編・統合することを求めるものではない。教科内容の豊富な学習経験を通してこそ、求められる資質・能力が育成されるのだという。

 提言で注意したいのは、人間関係を大切にしながら集団で協力して課題を解決する心性という「日本の強み」を生かすこと、そして、近年の教育政策や伝統を踏まえるということだ。時流に乗って全く新しいものを「輸入」するわけではない。

 もちろん試案というだけあって、これが完成形ではない。研究は、2013年度までの5カ年計画で行われている途上である。報告のあった文科省検討会でも、委員から内容に対する意見や異論が多数挙がった。本当に「日本型」になっているのか、そもそも世界的潮流を絶対視するばかりでいいのか、疑問視する向きもある。

 だからこそ今回の報告書を基に、研究者のみならず実践者をも巻き込んだ広範な議論による深まりを期待したい。関係者のオープンな熟議によってこそ、「上から降ってくる」のではないミドルアップダウン型のカリキュラム開発が成し遂げられよう。

 それは必ずしも学習指導要領の次期改訂に向けた準備作業にとどまらない。いまだ曖昧模糊とした「生きる力」ないしは「生き抜く力」を具体的にどう育成すればいいのかを考える上でも、大いに参考になろう。というより、その実践的模索の延長線上にこそ21世紀型能力の具体像が見えてこようし、教科至上主義からの脱却も図れるだろう。

 第一に考えなければいけないのは、これからの予測不能な社会に出ていく子どもたち一人一人が個性を発揮して最大限に活躍できるような力を付けさせることである。学校という限られた時期の議論や「世界トップレベルの学力」といったランキング的発想からは、一刻も早く脱却しなければならない。

【関連社説】
「21世紀型スキル」重視に備えを(2013.1.2)

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2013年7月11日 (木)

【内側追抜】参院選東京選挙区の3大ふしぎ

 その1、ドクター・中松はなぜイグ・ノーベル賞を「アイジー・ノーベル賞」と言い張るのか。その2、KPが「Y」を支持するとはこれいかに。その3、なぜスズカンの髪型がヘンなのか。

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