学テ校長名公表 まず知事自身の責任を問え
静岡県の川勝平太知事が定例会見で、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の国語A問題で下位100校だった小学校の校長名を公表する方針を明らかにした。これに対し県教育委員会は、公表しない意思を確認。学校別結果の公表解禁も検討するとしていた下村博文文部科学相も、現段階での公表には難色を示している。
当然だ。校長名の公表は、学校名の公表に等しい。現在、学校名の公表が認められていないからといって「校長名ならいい」というのは小役人が考えそうな抜け道ではあっても、およそ学者知事らしからぬ姑息(こそく)な手段だ。
川勝知事は、校長に大人として教育の責任を取ってもらうのだという。確かに学校の教育に瑕疵(かし)があるなら、代表としての校長名で責任が問われることはあろう。しかし教育に対する結果責任ということなら、校長個人に責任を問うのはお門違いだ。4月1日に異動する校長も多い中で、4月末に実施される全国学テの結果責任を取れというのは土台無理な話だろう。
テスト結果の順位だけで個々の校長ないし教員に結果責任が単純に問えるとしたら、児童・生徒や家庭、地域といった所与の条件がすべて同じ場合であろう。そんなことがあるわけはない。学校教育は、目の前にいる子どもの状態をトータルに把握し、その上でどう伸ばすかを考え、手立てを講じるのが基本中の基本である。不利な条件下にある学校では、どうしても教員の努力だけでは十分な成果を出すには至らない場合もあるはずだ。
おそらく川勝知事の念頭には、学校現場に対する強い不信感があるのだろう。確かに県内では教員の不祥事が続いていた。そんな中で、小学校国語Aの全国最下位で怒り心頭に発したのも理解できないわけではない。主として知識に関する国語Aで問われる力は、活用の前提でもあり、全ての教科等の基盤中の基盤である。
しかし川勝知事は、全国学テの重要な調査目的を理解していない。「教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る」という部分だ。
学力が振るわないのであれば、どうすれば学力を上げることができるのか、教委が効果的な教育施策を打つ必要がある。そして、その施策に予算を付けるのは首長である。地域的な特性から学力不振に陥っている学校も含めて「力のある学校」(志水宏吉・大阪大学教授)にするためには、なおさら政策的なてこ入れが不可欠だ。
県下の教員がこぞってサボタージュをしたのが学力低下の主因だ、という確信でもあるなら別である。そうでなければ、まず責任を問わなければならないのは教育予算に関して無策だった知事自身ではないか。
川勝知事は国際日本文化研究センター教授時代、第1次安倍内閣の「教育再生会議」委員を務めていた。およそ教育に識見もない者を多く集めて床屋談義をしていた当時のことを思い出すと、今でもぞっとする。
【全国学力テスト関連社説 バックナンバー】
◆全国学テ再論 結果の公表は“消極的”に(2008年3月15日)
◆全国学テ開示問題 だから任意参加にすべきだ(2008年8月18日)
◆全国学テ公表問題 そもそもデータに限界がある(2008年9月13日)
◆全国学力テスト 公立「全校参加」を惜しむ(2009年3月25日)
◆全国学力テスト 成績不振校から支援を(2009年4月21日)
◆新政権に望む〈3〉 全国学テは「抽出」より「任意」に(2009年9月17日)
◆概算要求〈2〉 抽出学テ 重くなる地方教委の責任(2009年11月3日)
◆全国学テ 参加率の高低は本質ではない(2010年3月 6日)
◆全国学テ中間まとめ案 総括になっていない(2010年7月26日)
◆全国学テ 公表の是非より尋ねるべきこと(2013年2月9日)
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