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2013年11月21日 (木)

大学入試改革 各方面で「覚悟」を

 かねて本社は、大学入試の抜本改革が必要だし不可避でもあることを主張してきた。しかし「1点刻み」入試の転換は、容易なことではない。実際の改革は最低でも5、6年先、場合によっては10年近く掛かろう。それまで日本社会の各方面に対して、覚悟を求めたい。

 まず、受験生・保護者に対してである。依然として「1点刻みの方が公平・公正だ」という思いはあるだろう。しかし保護者の学生時代と違って受験をめぐる環境は大きく変わっており、このままの入試形態を続けるのは将来の子どものためにもならない。

 大学入試の問題に詳しい佐々木隆生・北星学園大学教授は、現行の大学入試が「落第試験」であることの問題点を指摘している。落第試験とは「定員からはみでる志願者を落とす」(『大学入試の終焉』、北海道大学出版会)ものであって、合格したからといって大学教育を受けるにふさわしい能力があることが保証されるわけではない。単に定員に比して落とされなかった、というだけの話だ。

 それでも保護者世代のように半数近くが大学・短大を志願しながら入学定員が少ないため3人に1人ほどしか進学できなかった時代なら、落第試験の本質的な欠陥は顕在化しなかった。しかし大学の数が増え、総入学定員が増えれば落ちる者が少なくなるのは必然だ。その分、合格者の学力水準は相対的に下がらざるを得ない。たとえトップクラスの大学であっても、志願者の拡大に合わせて大幅な定員削減でもしない限り学力水準低下からは逃れられない。

 だからこそ大学と高校の授業改革が迫られていることを、生徒も保護者も理解すべきだ。これからの大学は社会の要請に応えるために、教育を充実させようとしている。教育再生実行会議の第4次提言に「厳格な成績評価・卒業認定」が盛り込まれたのも、その反映だ。漫然と講義に出席し、卒業要件を満たせば卒業できる「単位積み上げ方式」はいつまでも通用しない。

 最近、高校や受験産業の関係者から「生徒が上を目指さない。ほどほどのところに早く受かって安心したがっている」という声をよく聞く。全入時代の大学入試が、既に学習意欲を喚起するものになっていない。以前指摘したように受け身の座学ばかり好んでいては、就職どころか卒業もおぼつかなくなる。「多面的・総合的」な合否判定は公正・公平に思えないかもしれないが、そもそも社会に出れば1点刻みの客観テストなどない。将来のためにも耐える覚悟が必要だ。

 次に、大学関係者に対してである。1点刻みの試験結果が利用できなくなれば、他に選抜資料を用意しなければならなくなる。今まで以上に入試事務は膨大になろう。合否基準をめぐって、受験生側から疑念も向けられよう。だから今般の改革提言を「机上の空論だ」と言うのはたやすい。

 しかし先に説明した「落第試験」が既に通用しないことは、大学関係者が一番実感していることではないか。これまで長く1点刻みの入試に依存できたこと自体が幸運だったと思うべきだ。自校のアドミッションポリシー(入学者受け入れ方針)に会った入学者選抜の方式を、真剣に模索しなければならない。

 それでも、すぐに理想的な選抜方法は見つからないだろう。先の社説で触れた「言語運用能力、数理論理力・分析力、問題解決力等を測る問題の開発」も、すぐにできるものではない。

 選抜方法に確信が持てなければ、後は入学後の教育に懸けるだけである。入学を認めた以上、補習教育でも何でもやって卒業時には社会に優位な人材として送り出さなければならない。そのための大学教育だろう。覚悟しなければならないのは受験生側への説明責任と、入学後の教育責任だ。

 高校側に覚悟が必要なことは言うまでもない。これまで10年以上、いわゆる「ゆとり教育批判」に乗じて学力向上イコール進学指導だと思ってこなかったか。しかし1点刻みの入試が転換されれば、これまでのような「受験対策」は通用しなくなる。いや、そのような対策を通用させなくするための入試改だと言うべきだろう。

 佐々木教授の言葉を借りれば、「底が抜ける」高校教育にした責任は高校側にもある。そうして送り出してきたのが、先に見たような座学を好む受け身の学生ではなかったか。とりわけ進学校は言葉だけでなく本気で将来のリーダーを育てようというなら、受験学力を超えて伸びていけるような資質能力を育てることに傾注すべきだ。

 今後の制度設計においても、本来の高校教育に力を入れる立場から積極的に発言すればよい。今こそ高校の正当な学習成果が評価されるチャンスと捉えるべきではないか。とりわけ思考力・判断力・表現力の育成は急務だ。

 もう「大学受験が変わらないと、高校教育は変えられない」などという言い訳は通用しない。理想の高校教育を行うためにも、自らが改革のプレーヤーであることを自覚する必要がある。

 そして最後に、政権の覚悟である。既に指摘したように中央教育審議会の審議をストップさせてまで実行会議に花を持たせたのは時間の無駄ではあったが、会議の構成メンバーでもある安倍晋三首相自身が改革への責任を自ら負ったとしたのなら大いに評価しよう。

 教育再生に「実行」の2文字を入れた会議の提言である。たとえ国民に反対されたとしても、説得して実行する責任がある。既に安倍首相も当事者だ。もう「教育界」のせいにはできない。

【過去の社説】
高大接続テスト 先送りでも済まない「全入時代」の入学者選抜 (2010.11.25)
大学入試の抜本改革はセンター試験の廃止から(2011.1.16)
「終焉」した大学入試に対応が急務だ(2012.2.11)
大学改革実行プラン 「衝撃」は軽視できない(2012.6.8)
高大接続諮問 受験競争が無になる大改革だ(2012.9.2)
実行会議4次提言 半年遅らせただけの「大改革」論議(2013.11.2)
大学入試改革 「人物本位」は誤解を招く(2013.11.9)

【関連本社配信記事】
「高大接続テスト」はどうなったの?(ベネッセ教育情報サイト 2010.12.2)
「高大接続テスト」は「入試」ではない!?同 2010.12.16)
1点刻みの「入試」は不要に? 全入時代の大学入学(同 2010.12.22)
「21世紀型」大学入試が世界の潮流に!?(ベネッセ教育情報サイト 2012.1.16)
「学生に勉強させる」大学に 中教審が提言(同 2012.5.10)
いずれはセンター試験の存廃も課題に!?(同 2012.5.24)
入試に依存した高校教育は衰退する―「高大接続テスト」提唱者・佐々木隆生氏に聞く―(月刊高校教育2012年6月号)
大学入試を大改革へ……「一発勝負」「1点刻み」なくなる!?(ベネッセ教育情報サイト 2012.7.5)
教えて!「中教審に高大接続の新部会」
(キャリアガイダンス.net 2012.8.29)
大学入試、わずか1年で「大改革」を提案?(ベネッセ教育情報サイト 2012.9.13)

センター試験はどうなる? 大学入試の「大改革」検討(同 2012.11.1)
2013年の大学入試「大改革」はどうなる‐渡辺敦司‐(同 2013.1.7)
高校版「全国学力テスト」を大学入試にも活用?-渡辺敦司-(同 2013.2.7)
教えて!「センター試験が廃止される?」(キャリアガイダンス.net 2013.6.18)
センター試験「廃止」は本当か‐渡辺敦司‐(ベネッセ教育情報サイト 2013.6.27)
入試以外でも変革を……必要な大学と高校の「教育」改革‐渡辺敦司‐
(同 2013.10.6) 

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