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2015年1月 2日 (金)

〔戦後100年へ①〕今年を「第四の教育改革」の端緒に

 今年は戦後70年だが、「第三の教育改革」を打ち出した臨時教育審議会の第1次答申が出てから30年でもある。

 「教育は百年の大計」であるから戦後170年を展望してもいいのだが、10年サイクルが基本の業界であれば30年後ぐらいが妥当だろう。今の子どもたちが働き盛りで、その子どもたちが学ぶ時期でもある。今こそ戦後100年に向けて、「第四の教育改革」を掲げて検討に入る時だ。

 昨年末、中教審でその重要な二つの動きがあった。一つは「資質・能力」シフトを目指した学習指導要領の全面改訂諮問、もう一つは高校教育・大学教育・入学者選抜を一体で改革する高大接続答申だ。下村博文文部科学相が「わが国の教育全体の大改革につながる」との認識を示したのは、決して政権担当者の自画自賛ではない。

 明治以来の「追いつき追い越せ」型の教育は、文字通りもう通用しない。既に冷戦構造も崩壊して久しく、世界は1強時代から多極化、無極化に拡散しつつある。グローバル化の波にはローカルも無縁ではいられず、むしろ積極的にグローカルな感覚を身に付けることが必須になるだろう。

 そんな時に成長と発展の幻想、ましてや株価の上下などにとらわれている場合だろうか。少子高齢化と低成長時代に合わせた富の配分と市民的紐帯(ちゅうたい)を視野に入れて、社会の再構築を目指さなければならない。教育も、そうした時代を視野に入れる必要がある。

 教育に競争は必要だ、1点刻みによる選抜ほど公平なものはない、考えさせる前に知識の注入が欠かせない――。あえて決め付ければ、そうした発言の裏には20世紀的な日本の固定観念がこびりついている。

 21世紀に活躍し、22世紀の子どもを育てる世代には、むしろ有害になろう。そうした自覚の下、われわれ旧世代は教育改革について語ることが求められる。自分たちの経験など、反面教師でしかない。

 審議すべき改革メニューは、既に出そろっている。後は、どう本気で改革に取り組むかだ。各論での激論は必要だが、総論反対は停滞しか生まない。

 改訂指導要領と高大接続改革の具体的な姿は、いまだ見えていない。だからこそ前向きな議論を行い、関係者の英知を結集して21~22世紀の将来像を展望した教育の在り方を探らなければならない。今年をその端緒とすべきだ。「再生」といった後ろ向きの発想は、むしろ抜本的改革の阻害要因になる。

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