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2015年1月

2015年1月 4日 (日)

〔戦後100年へ③〕高大接続改革 「入試」から決別する時だ

 教育関係者や子育て世帯を除き、教育問題に対する世間一般の関心は少子化に伴ってすっかり遠のいてしまった感がある。そんな中でも唯一の例外が、大学入試だろう。しかし大学入試について語る時、多くの人は自分自身の経験から判断してしまいがちになる。

 今回、中央教育審議会から提起されている「高大接続改革」では、そうした過去の経験談が全く通用しない次元に入ることを理解すべきだ。

 答申に対し、依然として「拙速を避けよ」といった批判がある。しかし 「高大接続テスト」の創設が中教審ワーキンググループ(WG)で提唱されてから7年近くたつし、それを受けた北海道大学の委託調査研究報告書がまとまってからも4年が過ぎた。もう、是非の議論をしている場合ではない。

 何より認識すべきは、テスト結果には誤差が含まれているという「事実」だ。ヤマが当たるかどうかはもとより当日の体調、はてはケアレスミスで合否が分かれるのは、ゲームとしてはいいが能力測定には何の意味も持たない。1点刻みの「入試」が公平だと思い込んできたわれわれの固定観念こそが問い直されなければならない。

 もちろん、新テストの制度設計には慎重な検討が必要だ。ただしそれは、技術的な裏打ちがあってのことである。まずは近く立ち上がる専門家検討会の推移を見守った上で、実現可能な姿が見えてくるのを待ちたい。抽象的、印象論的な議論は昨年までで終わりにしたい。

 個別大学の「多元的評価」についても、早急な研究が求められる。中教審答申には「人物」評価をすべきだなどと一言も書いていない。多様な能力をどう測定し、各大学・学部にふさわしい学生を選抜するか、その在り方を探らなければならない。

 ただ突き放して言えば、それは本来、個別大学で考えるべきことである。自分の大学・学部ではこれこれの方式で入学者選抜を行う、という客観的な方式をあらかじめ明示しておき、それに基づいて実施すれば十分「公正」だ。もしその方式で大学側が望む学生を集められなかったとしても、自己責任である。学生を受け入れた以上、社会にとって優位な人材として送り出す教育責任は免れない。

 今後、日本の生産年齢人口が減り続けることは避けられない。一人一人の能力を高めることが、今まで以上に求められる。社会人の再教育も含め、高等教育の必要性は高まることはあっても低減することはない。

 それは単に経済界の要請に応える、というだけにとどまらない。原発の存廃問題一つ取っても、科学的思考と政治的選択が今後ますます一人一人に突き付けられることは明らかだ。多様化・複雑化する社会にあって自ら考え、判断し、行動できる市民を育てるためにも、教養教育は不可欠になる。

 一人一人の可能性を最大限に引き出し、できる限り能力を高めた上で、市民として連帯し、協調していく。困難な時代を前に、そんな社会を目指したい。そのために教育はどう貢献すべきかという観点を忘れずに、「高大接続」の問題を考えるべきだ。既に終焉しつつある「入試接続」にこだわっている場合では、もはやない。

 

【過去の社説】
高大接続テスト 先送りでも済まない「全入時代」の入学者選抜 (2010.11.25)
大学入試の抜本改革はセンター試験の廃止から(2011.1.16)
「終焉」した大学入試に対応が急務だ(2012.2.11)
大学改革実行プラン 「衝撃」は軽視できない(2012.6.8)
高大接続諮問 受験競争が無になる大改革だ(2012.9.2)
実行会議4次提言 半年遅らせただけの「大改革」論議(2013.11.2)
大学入試改革 「人物本位」は誤解を招く(2013.11.9)
大学入試改革 各方面で「覚悟」を(2013.11.21)
「発展レベル」テスト まずは必要性と緊急性の共通認識を(2014.6.21)

【関連本社配信記事】
「高大接続テスト」はどうなったの?(ベネッセ教育情報サイト 2010.12.2)
「高大接続テスト」は「入試」ではない!?同 2010.12.16)
1点刻みの「入試」は不要に? 全入時代の大学入学(同 2010.12.22)
「21世紀型」大学入試が世界の潮流に!?(ベネッセ教育情報サイト 2012.1.16)
「学生に勉強させる」大学に 中教審が提言(同 2012.5.10)
いずれはセンター試験の存廃も課題に!?(同 2012.5.24)
入試に依存した高校教育は衰退する―「高大接続テスト」提唱者・佐々木隆生氏に聞く―(月刊高校教育2012年6月号)
大学入試を大改革へ……「一発勝負」「1点刻み」なくなる!?(ベネッセ教育情報サイト 2012.7.5)
教えて!「中教審に高大接続の新部会」
(キャリアガイダンス.net 2012.8.29)
大学入試、わずか1年で「大改革」を提案?(ベネッセ教育情報サイト 2012.9.13)

センター試験はどうなる? 大学入試の「大改革」検討(同 2012.11.1)
2013年の大学入試「大改革」はどうなる‐渡辺敦司‐(同 2013.1.7)
高校版「全国学力テスト」を大学入試にも活用?-渡辺敦司-(同 2013.2.7)
教えて!「センター試験が廃止される?」(キャリアガイダンス.net 2013.6.18)
センター試験「廃止」は本当か‐渡辺敦司‐(ベネッセ教育情報サイト 2013.6.27)
入試以外でも変革を……必要な大学と高校の「教育」改革‐渡辺敦司‐
(同 2013.10.6)
教えて!「大学入試は今後どうなる?(第4次提言を受けて)」?」
(キャリアガイダンス.net 2013.11.19)
大学入試の「1点刻み」見直し、なぜ必要? ‐渡辺敦司‐
(ベネッセ教育情報サイト 2013.12.11)
東大の推薦入試は「教育再生実行会議」の先取り? ‐渡辺敦司‐(同 2014.2.26)
教えて!「達成度テストって何?」
(キャリアガイダンス.net 2014.3.19)
2021年度からの「発展レベル」テスト まだ姿は見えず‐渡辺敦司‐(ベネッセ教育情報サイト 2014.7.9)
「発展レベル」テスト、勉強の姿勢も変える必要‐渡辺敦司‐(同 2014.7.11)
大学入試改革は高校・大学の「教育」を変えるため‐渡辺敦司‐(同 2014.11.14)
教えて!「いつからどんな? 二つの新たな学力テスト」(キャリアガイダンス.net 2014.11.19)
 
大学入試が「公平」でなくなる!?-渡辺敦司-
(ベネッセ教育情報サイト 2014.11.21)
なぜ国は入試改革を急ぐのか‐渡辺敦司‐
(同 2014.12.5)
「新テスト」検討上の課題指摘 大学入試センターが「専門的見地」からシンポ(内外教育2014.12.9)
大学教育の改革、入試改革より早く進む?-渡辺敦司-
(ベネッセ教育情報サイト 2014.12.26)
中教審で何が論議され、何が論議されなかったのか(月刊高校教育 2015.2月号掲載予定)

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2015年1月 3日 (土)

〔戦後100年へ②〕指導要領の「構造改革」に英知結集を

 来たるべき学習指導要領の全面改訂は、21世紀に求められる資質・能力を育成することを主眼としている。知識の量を問うことに偏重してきた学校教育の在り方に、大きな変革を迫るものだ。

 これまでの指導要領とそれに基づく指導が、教科・科目の学習内容中心だったことは否めない。いくら憲法・教育基本法等から敷衍(ふえん)し、総則で教科等横断的な視点を提示しても結局、学校現場では内容をどう教えるかに終始してきた。

 その教科にしても、基本的にはそれぞれの学問体系の準備教育のような内容で構成されてきた。バラバラの教科をそれぞれ子どもたちに学ばせれば社会で役に立つ資質・能力が自然と育成されるはずだという“幻想”の下、本当にその内容を教える意味があるのか問われることなしに、である。過去の改訂では、そうした学習内容を足したり引いたりしてきたにすぎない。

 「指導要領の構造改革」では、これまでの固定観念を抜本的に改めることが求められる。まず教科・領域等の枠組みにとらわれず、育成すべき資質・能力を同定し構造化する。それを総則に明記した上で各教科等に育成すべき資質・能力を割り振り、目標と内容を「一体」で見直す。学習評価への展望も含め、記述の仕方も大幅に変わるはずだ。

 おそらく多くの学校現場は、いわゆる「ゆとり教育批判」を受けた学力向上対策が求められて以降、日々の授業をこなすだけで精いっぱいなのが実情だろう。それ以降も厳しい時数管理の下で読解力だの活用力だの学力の3要素だの言語活動だの次々と“上から降ってくる”教育課題に、判断停止していないだろうか。

 しかし今回の教育課程課改革では、指導すべき事柄はしっかり指導しつつも、後はアクティブ・ラーニング(AL)と呼ばれる学習・指導方法を通して児童・生徒自らが将来の実践に結び付けられるような資質・能力を構成できるようにすることを目指さなければならない。教科書に書かれた内容をこなすといった発想は、もう通用しない。

 それには前提がある。 まずは学習内容の大幅削減だ。3割どころの騒ぎではない。反復練習させてでも徹底すべき知識・技能と、転移可能な汎用的資質・能力に峻別(しゅんべつ)しなければならない。

 その上で内容ではなく資質・能力を身に付けさせるために、どういうALを行えばいいかの授業研究・教材研究を徹底して深める必要がある。時間の確保は片手間程度ではとても足りない。現場が十二分に研究に打ち込める環境整備がなされなければ、求められる教育課程改革は成功するはずがない。

 教員の働き方、学校の組織・運営の在り方も抜本的な見直しが要請されよう。個々の教員には高度専門職として大学院レベルも含めた研修機会を保障しつつ大幅な裁量を認め、なおかつ校内の協働を進める態勢を整えなければならない。ちまちま夏休みの勤務管理など行っている場合ではない。

 クラスサイズや教職員定数にも、新たな基準が求められる。35人がいいか40人に戻すのか、何にどれくらい加配するのかといった発想さえ、一斉教授時代の遺物だ。ALのためにはどのような指導体制が必要で、そのための定数をどう算定するかの研究も、並行して進めなければならない。

 いずれを取っても困難な課題ばかりである。だからこそ学校現場や研究者をはじめ関係者の英知を結集して、未来志向で教育課程と指導の具体像を探らなければならない。何より21世紀を生き抜かねばならない子どもたちと日本社会にとって、改革は待ったなしだ。


【過去の社説】

「21世紀型スキル」重視に備えを(2013.1.2)
「21世紀型能力」に今から照準を(2013.7.23)
“21世紀型”指導要領に今から準備を(2014.4.7)


【本社配信記事】

次の学校で目指すのは「21世紀型能力」!? ‐渡辺敦司‐(ベネッセ教育情報サイト2013.7.19)
「21世紀型能力」を提案 国研が教育課程の在り方で研究報告書(内外教育2013年
8月2日付
「21世紀型能力」とは何か (学びの場.com2013.9.11)
「資質・能力」で指導要領を構造化 文科省の有識者検討会が論点整理(内外教育2014年4月15日付
次の指導要領で目指すのは≪教科を超えた力≫?‐渡辺敦司‐
(ベネッセ教育情報サイト2014.4.16)
学習指導要領の改訂 真のポイントは“能力観の転換”(THE PAGE 2014.11.27)
次の指導要領、「何を教えるか」から「何ができるようになるか」へ-渡辺敦司-
(ベネッセ教育情報サイト2014.12.10)
教えて!「アクティブ・ラーニングは広がるか」(キャリアガイダンス.net 2014.12.16)
「資質・能力」の確定が課題 特集・動きだした学習指導要領改訂②(内外教育2015年1月6日付

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2015年1月 2日 (金)

〔戦後100年へ①〕今年を「第四の教育改革」の端緒に

 今年は戦後70年だが、「第三の教育改革」を打ち出した臨時教育審議会の第1次答申が出てから30年でもある。

 「教育は百年の大計」であるから戦後170年を展望してもいいのだが、10年サイクルが基本の業界であれば30年後ぐらいが妥当だろう。今の子どもたちが働き盛りで、その子どもたちが学ぶ時期でもある。今こそ戦後100年に向けて、「第四の教育改革」を掲げて検討に入る時だ。

 昨年末、中教審でその重要な二つの動きがあった。一つは「資質・能力」シフトを目指した学習指導要領の全面改訂諮問、もう一つは高校教育・大学教育・入学者選抜を一体で改革する高大接続答申だ。下村博文文部科学相が「わが国の教育全体の大改革につながる」との認識を示したのは、決して政権担当者の自画自賛ではない。

 明治以来の「追いつき追い越せ」型の教育は、文字通りもう通用しない。既に冷戦構造も崩壊して久しく、世界は1強時代から多極化、無極化に拡散しつつある。グローバル化の波にはローカルも無縁ではいられず、むしろ積極的にグローカルな感覚を身に付けることが必須になるだろう。

 そんな時に成長と発展の幻想、ましてや株価の上下などにとらわれている場合だろうか。少子高齢化と低成長時代に合わせた富の配分と市民的紐帯(ちゅうたい)を視野に入れて、社会の再構築を目指さなければならない。教育も、そうした時代を視野に入れる必要がある。

 教育に競争は必要だ、1点刻みによる選抜ほど公平なものはない、考えさせる前に知識の注入が欠かせない――。あえて決め付ければ、そうした発言の裏には20世紀的な日本の固定観念がこびりついている。

 21世紀に活躍し、22世紀の子どもを育てる世代には、むしろ有害になろう。そうした自覚の下、われわれ旧世代は教育改革について語ることが求められる。自分たちの経験など、反面教師でしかない。

 審議すべき改革メニューは、既に出そろっている。後は、どう本気で改革に取り組むかだ。各論での激論は必要だが、総論反対は停滞しか生まない。

 改訂指導要領と高大接続改革の具体的な姿は、いまだ見えていない。だからこそ前向きな議論を行い、関係者の英知を結集して21~22世紀の将来像を展望した教育の在り方を探らなければならない。今年をその端緒とすべきだ。「再生」といった後ろ向きの発想は、むしろ抜本的改革の阻害要因になる。

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