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2015年5月 3日 (日)

市民性教育 「主権者教育」に矮小化するな

 きょうは憲法記念日だが、改憲手続きともからんで投票権年齢の18歳引き下げが現実味を帯びてきている。それに伴って浮上しているのが、主権者教育の強化だ。昨年11月の中央教育審議会諮問でも、これを見越して高校学習指導要領改訂の視点として「国家及び社会の責任ある形成者となるための教養と行動規範や,主体的に社会に参画し自立して社会生活を営むために必要な力を、実践的に身に付けるための新たな科目等の在り方」を盛り込んでいる。

 政治的思惑はおくとして、こうした動きを全否定するものではない。主権者教育は現行憲法=教育基本法体制の下でも不可欠なものだし、むしろその形骸化の是正が急務だ。その上で、あえて注意を促しておきたい。

 教育界でもあまり注目されることのない、しかし重要な指摘が昨年6月にあった。中教審の高等学校教育部会「審議まとめ」で示された、高校教育の「コア」(全ての生徒が共通に身に付ける資質・能力)だ。そこでは「学力の3要素」とともに、重要な柱として①社会・職業への円滑な移行に必要な力②市民性(市民社会に関する知識理解、社会の一員として参画し貢献する意識など)――が挙げられている。

 実際には同部会でも市民性とは何かについて、ほとんど深められなかった。コアのうちペーパーテストで測れる能力である「達成度テスト(基礎レベル)」(後の「高等学校基礎学力テスト」)の在り方に議論が矮小化されてしまったからだ。本社はこれを、とても残念に思う。

 もちろん同じ中教審でも教育課程部会の俎上に載せられれば、少なくとも答申上はバランス良い記述に落とし込まれるだろうという予測はできる。だからこそ今後の中教審には期待を掛けたい。

 市民性教育は、西欧のいわゆる「シチズンシップ教育」を多分に意識したものだ。もちろんシチズンシップ教育は主権者教育の意味合いも強いが、他方で移民の増加による市民社会の融和という現実的な課題にも後押しされている。日本でも現実に外国籍の住民や外国をルーツとする児童生徒が増えていること、グローバル化の進展で今後もそうした人々が増えることを思えば、シチズンシップ教育もまた急務である。その意味で、ともすれば保守系に嫌われそうなタームをあえて使ったことも今さらながら高く評価したい。

 だからこそ論点を「主権者教育」、もっと言えば選挙教育に矮小化されてはいけない。我々が市民社会をどう形成し、新たな時代に対応して再生産していくかが最も重要なのであり、主権者教育はその一部にすぎない。

 もっと情けく思うのは、自民党内でまたぞろ「日教組の偏向教育をどう防ぐか」式の議論が横行していることだ。おそらく安倍首相=下村文科相のラインも、口に出さないまでも意識は共有していることだろう。時代錯誤の認識は、未来への目を曇らせる。

 それだけに中教審には「これからの時代を、自立した人間として多様な他者と協働しながら創造的に生きていくために必要な資質・能力の育成」(諮問)に向けた市民性教育の論議を深めることが求められる。

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