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2017年5月

2017年5月26日 (金)

【社告】本社社員出演情報

 20時55分ごろ、首都圏ネットのFMラジオJ-WAVE(81.3mhz)『JAM THE WORLD』(パーソナリティー=青木理氏)のコーナーに本社論説委員が出演を予定しています。テーマは「教師を取り巻く環境の問題点」。

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2017年5月17日 (水)

高大接続改革 本丸は「入試」ではなく「教育」

 文部科学省が「高大接続改革の進捗(しんちょく)状況」を発表し、「高校生のための学びの基礎診断」「大学入学共通テスト」(いずれも仮称)と2021年度大学入学者選抜実施要項の実施方針等の案をパブリックコメント(意見公募手続)に掛けた(6月14日まで)。

 6月いっぱいの策定が「年度初頭」に当たるのかどうか疑問だが、そもそも「目途」と逃げを打ってあったのは「霞が関文学」の真骨頂である。しかし、これまでの経緯を振り返っても、なかなか「進捗」しない状況には苦笑せざるを得ない。

 今さら共通テスト案の妥当性を論じるつもりはない。既に文科省自身、修正が効かないほど周辺政策も含めガチガチに固めて動き出しているからだ。「10年かけて育ててほしい」という担当者の説明は、本音だろう。かつて本社も配信記事で「10年後」を展望して論じた。

 高大接続には「入試接続」と「教育接続」があるとの説に従えば、入試接続はこの際どうだっていい。個人の人生にとっても社会への人材輩出にとっても、教育接続を進めることの方が絶対的に重要だからだ。

 その点、大学側は既に18歳人口減の再本格化を控えて「三つの方針」(3ポリ)改革に血眼になっている。「入試が変わらないと変われない」とうそぶいていた高校側も、高大接続改革論議の効果も相まって変わらなければいけないという機運が出てきた。

 大学教育と高校教育がコンピテンシー(資質・能力)ベースで転換してくれば、その間にある大学入学者選抜もコンテンツ(学習内容)ベースからの転換を余儀なくされるはずだ。どういう入試をするかは、技術的な問題でしかない。その技術論でいつまでも迷走しているのは、入試接続のわなに文科省自身が陥っているようなものである。

 過度の入試依存は、大学入学経験者の人生にいびつさを与えてきた。若い時期にどこの大学を出たかで人間の価値が決まるはずはないのに、世間ではいまだに偏差値信仰がこびりついている。

 少子高齢化やグローバル化をはじめとした社会の変化を、深刻に受け止めるべきだ。今こそ教育に注力し、少数精鋭で有意な人材を輩出しなければならない。それは決して国や経済のためという矮小化された戦略ではない。現行憲法の保障する幸福追求権の実現であり、改正教育基本法さえ追認した平和で民主的な国家の理想の実現である。

 幸か不幸か、本丸であるべき入学者選抜実施要項はザルのようなものである。3ポリ改革の自由度を縛らないための配慮でもあるのだろうが、それだけに大学側は真剣にアドミッション・ポリシーに基づく入学者選抜の在り方を模索してほしい。

 それは当然、入学後の教育につなげるための手段でしかない。「高大連携」で高校側へ正確なメッセージとして伝えることから、教育接続への第一歩が始まろう。国に頼っても、資金を出してくれないばかりか口ばかり出されたあげく混迷に巻き込まれるだけである。

【過去の社説】
高大接続テスト 先送りでも済まない「全入時代」の入学者選抜 (2010.11.25)
大学入試の抜本改革はセンター試験の廃止から(2011.1.16)
「終焉」した大学入試に対応が急務だ(2012.2.11)
大学改革実行プラン 「衝撃」は軽視できない(2012.6.8)
高大接続諮問 受験競争が無になる大改革だ(2012.9.2)
実行会議4次提言 半年遅らせただけの「大改革」論議(2013.11.2)
大学入試改革 「人物本位」は誤解を招く(2013.11.9)
大学入試改革 各方面で「覚悟」を(2013.11.21)
「発展レベル」テスト まずは必要性と緊急性の共通認識を(2014.6.21)
〔戦後100年へ③〕高大接続改革 「入試」から決別する時だ
(2015.1.4)
「基礎学テ」をセ試改編の「高大接続テスト」に(2015.7.3)
高大接続改革 あえてスケジュールにこだわれ(2015.12.30)
残念な複数回先送り 新テストの“入試接続”依存
2016.1.30)
高大接続改革 できることだけ着実に進めよ(2016.9.5)


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2017年5月 6日 (土)

【内側追抜】沖ノ島、世界遺産は条件付き

観光マインドが全くないイコモスも、がんだな。一掃しなきゃ駄目だ。

     ――某前某担当相

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2017年5月 3日 (水)

【池上鐘音】ザラ紙と書院

▼会社に入って1、2年、原稿を書くのが恐ろしく遅かった。ザラ紙ペラ(1枚)10行の原稿用紙に書いては直しを入れるだけでも足りず、切り張りを何枚も重ねたあげく書き直しては無駄な時間を使っていた▼劇的な変化が訪れたのは、ワープロを使い始めてからだった。推敲が何度でもでき、しかも紙を無駄にしない。相変わらず要領は悪かったが、スピードは段違いだった。学生時代に使っていた他社の古い機種に比べ、「書院」シリーズは物書きにふさわしく感じられた▼憲法施行70年は、朝日新聞阪神支局襲撃事件から30年でもある。たまたま関西に滞在しているので、きょう兵庫県西宮市の同支局資料室に行ってきた▼社屋は建て替えられたが、銃弾を受けた応接セットが当時のように置かれている。脇腹に穴の開いた小尻智博記者(当時29)のブルゾンも痛々しいが、胸を突かれたのは血染めの原稿用紙だった。朝日は当時ペラ6行だったらしい。写真を撮るのもためらわれたが、意を決してシャッターを切った▼別のガラスケースには犯行声明文の実物と、犯人が使ったと同型のワープロが展示されていた。「書院」だ。小子が使っていたものより、相当旧式だった▼実は1987年当時、あまり事件に衝撃を受けた記憶がない。世界情勢では米ソ対立、学内情勢では「せん滅」が日常用語として飛び交っていて人が殺される感覚がマヒしていたのかもしれない▼事件の存在が徐々に大きくなっていったのは、やはり会社員時代だった。それも度重なる言論テロにというより、同紙の連続企画「『みる・きく・はなす』はいま」を読み続けてである▼資料室には、小尻記者の新人あいさつ文もパネル化されていた。「自分が読んでよかったと思える記事が書ければ、と思う」――小子が数年後に気付いたことが入社時に分かっていたとは、赤面するばかりだ▼たまたま派遣された事件現場で登校する生徒の背中にすらシャッターを押せず、決定的に記者失格であることを自覚した。会社を辞めても、しょせんは毒にも薬にもならない駄文を連ねるライターふぜいである▼それでも記事を書く矜持と覚悟は、常に持っていたいと思っている。「マスゴミ」「死ね」の言葉が飛び交うネット社会にあってこそ、正確で信念を持った報道が必要なのだと改めて教えてもらった気がする。小尻記者は、個人が狙われたわけでは決してない。

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