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2018年4月

2018年4月10日 (火)

文教行政の危機 政官の関係を見直す時だ

 森友・加計学園をめぐる忖度(そんたく)問題、前川喜平・前文部科学事務次官の授業内容に対する文部科学省の照会問題――。防衛省の日報問題は本社の範囲外なので論じないが、根は同じである。安倍1強体制の下で、前川氏が言うように行政がゆがめられている。

 「政治主導」は民主党政権が打ち出したものだが、少なくとも文部科学省においては政権発足当初の混乱を別にすれば、比較的うまく対応していたように思う。それは55年体制の下で、野党も含めた全方位的な国会対応によるノウハウがあったからだろう。

 しかし安倍自民党が政権を奪取し政治主導を狡猾に利用するようになると、文科省も他省庁と同様に相対的自律性を急速に失っていく。その中でも前川氏は、よく「面従腹背」を保っているなと当時から感心していたものだ。

 それでも下村博文氏が文部科学相の時には、誰が「主導」していたかが記者会見などで目に見えていた。自民党の「隠れキリシタン」(前川氏)馳浩文科相もそうだ。しかし水面下および松野博一文科相以降は、誰がどういう過程で忖度を迫っているかは、少なくとも国民には見えなくなっている。

 既に論じられているように、内閣人事局が霞が関にさまざまな弊害をもたらしていることは明らかだ。文教行政にとっても、一刻も早い廃止が求められよう。

 時々の政権が政治決断によって政策を主導するのはいい。それが民主主義の原則にかなっているからだ。しかし、それにブレーキを掛けて至極まっとうな政策に練り上げるには、官僚の力が欠かせない。政権に対する相対的自律性が、今こそ求められる。

 55年体制の時代がすべて良かったと言うつもりはないし、経済成長が望めない財政難の時代にあって、それが復活できるものとも思えない。だからこそ、政権交代時代に対応した政官の関係を見直す必要がある。

 気になるのが、省内での世代交代だ。天下り問題に伴う人事の混乱も相まって、かつての文教行政の“常識”が急速に失われているのではないかと懸念する。前川授業照会問題は、その典型だろう。

 何より行政のゆがみは、教育現場にツケが回される。しかし政権や与党の勝手に振り回されている場合ではない。22世紀まで生き抜く子どもたちにどういう教育を行うべきか、そのための条件整備はどうあるべきかについて真摯に考え、限界の中でも実現を図ろうとする文教行政が、今ほど切望される時はない。

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