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2018年8月30日 (木)

【池上鐘音】もはや竹やりではない

▼劇作家、鴻上尚史氏の『不死身の特攻兵』(講談社現代新書)のことは新聞広告で気になっていたが、手に取るまでには至らなかった。その元兵士、佐々木友次さんが同郷だったことも、仕事を兼ねて帰省していた実家で8月15日の北海道新聞朝刊の連載「戦いと死」第1回「7回出撃 7回帰還」(1面見出し)を読んで初めて知った▼母に聞いてみると、佐々木さんの話は父から聞いていたという。同じ農業関係の仕事をしていたのだから当然だ。そういえば以前、特攻関係の本を所望したのはそういうことだったのかと今さらながら気が付いた。もっと突っ込んで聞いておけばよかったと悔やんでも、父と佐々木さんはくしくも相次いで鬼籍に入っている▼仕事までに慌てて同書を読み、帰京後にはすぐ『特攻隊振武寮』(大貫健一郎・渡辺孝共著、朝日文庫)を買い求めた。読んで陰鬱(いんうつ)になったのは、決して過去の悲惨さからだけではない。当時の軍部の体質が、現在の政官界と変わっていないように思えたからだ▼揚力のある飛行機で急降下するより、高度から爆弾を落とした方が貫通力は増す。物理の「見方・考え方」を身に付けていれば当然分かることだ。しかし非科学的で兵器も人命も無駄にする作戦を、軍部は継続した。国のため、の名の下に▼多くの仕事が人工知能(AI)に取って代わられ、グローバル化も進む人生100年時代を生きる子どもたちには、三つの柱で資質・能力の育成を目指す新学習指導要領のような学習が不可欠だ――そこは認めよう。経済協力開発機構(OECD)も、全人的教育で成果を上げてきた日本の教育政策を高く評価した。しかし同時にその持続可能性に危機感を示し、確実な実施と支援を確保するための戦略を立てるよう提言していることを見落としてはならない▼限りある資源をどこに投入するのが効果的かを考えるのが戦略のはずだ。しかし日本が高い教育成果を上げてこられたのは、教育に情熱を傾けてきた教員の努力に多くを負ってきたからだろう。たとえ国に戦略がなくても▼しかし今や小学校の3割、中学校の6割が過労死ラインに置かれ、教員の努力にも限界が来ている。多少の「業務仕分け」で解消できる話ではないだろうし、残業時間の上限規制をしたからといって劇的に改善するとは到底思えない▼来年度概算要求が31日に締め切られる。「死ぬ気で頑張る」と言ってきた文部科学省は、新指導要領を学校現場が実施するに十分な条件整備を盛り込めるだろうか。結果的に教員の努力に依存するままでは、戦前の戦略なき軍部と何ら変わらない▼条件整備の不十分さを、教育界でもよく「竹やりで戦えと言うのか」と例えることがある。筆者も好んで使ってきた。しかし、それは銃後の発想だ。むしろ特攻に例えるべきではないか、と思い直している。最初から「子どもたちのために」なのだから、余計にたちが悪い。

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