新指導要領の全面実施に危機感を
NHK総合のクイズバラエティー番組『チコちゃんに叱られる!』が話題になっている。それに倣えば「学校現場の足元が揺らいでいるのに、やれSociety5.0だの、EdTeckだのと浮かれている日本人の、何と多いことか」と言いたくなる。
経済協力開発機構(OECD)が先ごろ公表した「図表でみる教育」2018年版のカントリーノート(国別要旨)によると、日本は学校裁量で決定する事項は21%にすぎない。それも「上位の当局が規定する枠組み内」でのことだ。
20年度から順次、全面実施に入る新学習指導要領は、変化の予測が困難な社会に向けて必要な資質・能力の育成を打ち出す一方、学習内容を削減せずに実質的には増加させ、かつ知識の確実な習得までをも引き続き求めている。「質も量も」を実現するにはアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び、AL)とカリキュラム・マネジメント(カリマネ)の両輪で学校裁量を最大限発揮しないと、とてもこなせるものではない。
インターネット会見でアンドレアス・シュライヒャー局長は新指導要領について、シンガポールやフィンランドのように自由度が高い教授法の革新に進んでいくことに期待を示した。それには専門職としての自律性や現場の裁量権、教師の働き方改革が必要だとしながらも、基本的には「21世紀で最も成功している」日本の教育制度を楽観視しているようであった。
しかし、7月の「日本の教育政策レビュー」では、そうした教育モデルの持続可能性に警鐘を鳴らしていた。国内的には、そちらの方を深刻に受け止めるべきだろう。
指導要領の改訂諮問以来、現場ではALへの関心が急速に高まった。「大学入試が変わらないと授業は変えられない」とうそぶいていた高校までも、である。それ自体は結構なことだ。しかし現場の教員が嬉々として授業改善に取り組む陰で、多忙化に拍車が掛かったことも否定できまい。
そもそも現下の深刻な多忙化の要因には、「ゆとり教育批判」を受けた学力向上対策も大きい。もともと教えたがりの教員は、多忙感を抱かないまま長時間過密労働を唯々諾々と受け入れた。一方で、その中から単なる学力テスト対策だけでなく「PISA型学力」の模索も生まれた。
いったん低下した学力がV字回復したという文部科学省のストーリーは、少なくとも「生徒の学習到達度調査」(PISA)に限ればOECDが言う通り事実ではない。ただ、いわゆる「ゆとり教育」にせよ「脱ゆとり」にせよ徹頭徹尾、過労死ラインをもいとわない現場の努力による成果だということを忘れてはいけない。
「図表でみる教育」には、そんな現場の困難な状況が一向に改善されていないことを示すデータにもあふれている。むしろ、そこに注目して今後の教育政策を考えるべきだろう。
OECDの立場からは、新指導要領はもとより教育の無償化を進める日本政府の方向性を好ましく評価するのは当然だろう。しかし第3期教育振興基本計画ひとつ取っても、国外から見た期待に値するほどのものではないことは明らかだ。
まずは政策レビューの推奨事項にあるように「指導要領の改訂実施を優先する」ことを第一に考えて、その条件整備が本当に整っているかを、まさに真の意味でエビデンス(客観的な証拠)に基づいて検証すべきだろう。これ以上、裁量もないのに「子どものため」なら何でも引き受けてしまう良心的な現場に無理を強いるべきではない。
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コメント
昨日の道新で、渡辺さんの写真付き記事を拝読しました。
講演があるのに気づけば、現場で拝聴したかったです。
これからのますますのご活躍を御祈念しております。
投稿: 震度6弱の住人 | 2018年9月25日 (火) 22時22分
まずは被災お見舞い申し上げます。
当日はメタメタでしたので、詳報記事だけで十分であります(苦笑)。言った以上に言いたかったことを的確にまとめてもらえるのも、新聞の力ですよね。
相変わらず話し下手ですが、ほんの少しであっても北海道の教育に貢献できたのなら幸いです。
投稿: 本社論説 | 2018年9月29日 (土) 08時39分