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2019年3月

2019年3月11日 (月)

平成教育史・試論 教育課程〈下〉  「次期」は本格的なコンピテンシー改革を

 今回の学習指導要領改訂論議を諮問時から答申まで、教科等ワーキンググループ(WG)等も可能な限りフォローする中で、総論では賛成しながらも、どこかにモヤモヤした違和感を抱えていた。それがすっかり氷解したのは、昨年8月に仙台市の宮城教育大学で行われた日本教育学会第77回大会で発表された香川奈緒美・島根大学准教授と百合田真樹人・教職員支援機構上席フォローの共同研究成果を聞いてからだ(『内外教育』2018年9月28付12・13面拙稿参照)。

 それによると、日本の「確かな学力」観は、「知識・技能」が独立・固定して存在するという前提で、その上に「スキル」や「態度」を積み重ねていくという「加算式」の発想だ。それに対して経済協力開発機構(OECD)の「コンピテンシー」観は、これら3要素も境界線自体が明確ではなく切り離せないものと捉え、学習者が文脈やニーズに合わせて新しい知見を創造した成果物をコンピテンシーとして捉える「乗算式」の発想を採っているという。そう聞けばEducation2030の“Learning Compass”でKnowledgeとSkills、Attitudes and Valuesがらせん状に絡み合ってコンピテンシーを成すように描かれている意味が、ふに落ちる。

 今回の改訂は、OECDのEducation2030と「同期」(鈴木寛・元文部科学大臣補佐官)したとされる。しかし前回改訂から「習得・活用・探究」を引き継ぎ、学力低下論の再燃を恐れるあまり学習内容をすべて温存した点で、似て非なるものであったろう。だから改訂が画期的なのかどうなのかも曖昧だし、「基本的には現行指導要領の延長線上にある」(中教審臨時委員の市川伸一・東京大学大学院教授)という評価も成り立ってしまう。「コンテンツ・ベースからコンピテンシー・ベースへ」という一部学者の説明に当時の文部科学省担当者がストップを掛けたというのが、それを象徴していよう。あくまでもコンテンツ=知識・技能は所与のものなのだ。

 本社は香川准教授に発表後、新指導要領が語彙(ごい)力の強化を図った点に対する評価を尋ねてみた。すると、「知識を態度やスキルと切り離した考え方だ。『自分が伝えたいから、語彙が必要だ』とならないといけない」という答えが返ってきた。わが意を得たり、である。

 知識が学習者それぞれによって違った形で獲得されるものであるという構成主義の立場に依るならば、コンテンツの固定化を容認すべきではない。知識が点数によって正しく測れるという「テスト主義」がこびりついている日本人には、なおさらだ。

 返す返すも残念なのは、民主党政権下の中教審高等学校教育部会で打ち出された高校教育のコアとしての「市民性」概念だ。もちろん「平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質」と言い換えてもいい。高校教育のみならず学校教育で育成するものが全て市民としての判断・行動力に資するものとするならば、コンテンツを学ぶのも市民性を培うためであって、使えない知識を蓄えることではない。

 原発を例に考えよう。東京電力福島第一原子力発電所の事故で、浜通りだろうと中通りだろうと会津だろうと「福島」が危険になり、担当大臣すら「放射能がうつる」などと言うのは非科学的でしかない。一方で、じゃあ「放射線教育」を行えばいいかというと、使えないコンテンツを積み重ねるだけになりはしまいか。原発依存度を可能な限り低減すると同時に「ベースロード電源」だとして推進するというエネルギー基本計画の「ご飯論法」を見抜けないようでは読解力も何もあったものではない――というのは一つの政治的立場だが、原発の是非に対する立場を一人一人が自分の思考・判断で取れるようになってこその市民性教育だ。

 今日は東日本大震災から8年目の日である。OECDのアンドレアス・シュライヒャー氏が改めて日本の教育の力を確認したのも、震災直後の被災地を訪れたからだった。それがOECD東北スクール、さらにはEducation2030のコンピテンシーの再定義につながった。しかしこの間、私たちは震災前後の教訓を本当に生かしてきたと言えるのか。やれEdTechだのSTEAM教育だのと政権主導で目先の新しさと成長戦略だけに振り回されかねない兆しが出始めているのも、心配になる。

 今回の改訂論議に携わった中教審臨時委員でも、「学力観は大きく変わった」とする奈須正裕・上智大学教授の見方を支持したい。2030年を超えた次期改訂こそコンテンツ・ベースの凝り固まった考え方から脱却し、コンピテンシー・ベースへの転換を図らなければならない。そして、その時こそ真の高大接続改革、もっと言えば「小中高大接続」(白水始・東京大学教授)の新しい学びに対する展望が開けることであろう。

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