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2019年4月 9日 (火)

授業時数見直し 矛盾した行政のツケを回すな

 新学期が始まっている。文部科学省は昨年度末に2018年度教育課程編成・実施状況調査の結果を公表するとともに、標準授業時数を大幅に上回る学校の年間授業計画を見直すよう都道府県教委などに通知した。

 矛盾した指導行政のツケを、これ以上学校現場に負わせるのか。ぜひとも姿勢を改めてもらいたい。

 そもそも現場で標準を大幅に超える授業時数が横行した淵源(えんげん)は、1998年告示の「平成元年改訂」学習指導要領が「ゆとり教育」だと批判されたことを受けて文科省が突然「指導要領は最低基準だ」と言い出したことにある。それまでは標準はあくまでも「標準」であって、結果的に下回ったとしても誰も問題にしなかった。それが、学力向上の要請とも相まって現場は授業時数の確保に追われた。

 一方で文科省は08~09年告示の指導要領で学習内容を増やたばかりか、17~18年告示の新指導要領では「学習内容の削減を行うことは適当ではない」(16年12月の中教審答申)と宣言しつつ小学校英語分の標準時数を増やし、プログラミング教育や統計教育など実質的な学習内容の増加を図った。ただでさえアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び、AL)には授業時数が必要なのに、である。

 これまで過労死ラインを超えてまで標準を越える授業を実施し、教科書を終えるので精いっぱいの指導要領をこなしながら学力を向上させてきたのは、外ならぬ学校現場だ。文科省も、それは分かっていよう。

 確かに「学校の働き方改革」をめぐる今年1月の中教審答申では「指導体制を整えないまま標準授業時数を大きく上回った授業時数を実施することは教師の負担増加に直結するものであることから、このような教育課程の編成・実施は行うべきではない」と言っている。しかし、この文章自体が文科省事務局の主導でまとめられたものだ。しかも、「指導体制を整えない」責任は誰にあるのか。

 もちろん現下の財政事情で、簡単に教職員定数の改善が図れないことは理解できなくもない。単年度改善の努力を重ねていることも分かっている。しかし、加配定数の基礎定数化をもって「16年ぶりの教職員定数改善計画が策定できた」などというごまかしは言ってほしくない。

 本来は今回の改訂で、標準時数や学習内容の「扱い」も抜本的に改めるべきであった。それをしないばかりか、コンテンツ(学習内容)ベースからコンピテンシー(資質・能力)ベースに転換したのかどうかさえ、あえて曖昧にしている。指導要領自体が無理と矛盾を重ねていることに、もっと自覚的であるべきだろう。

 政府部内のさまざまな矛盾する要請に必死で応えようとしている文科省の苦しい立場も、十分理解しているつもりだ。だからこそ行政的な割り切りで通知を流すようなことは、してほしくない。

 

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