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2019年4月22日 (月)

初中教育諮問〈1〉 “つまみ食い”にはするな

 柴山昌彦文部科学相が4月17日、中央教育審議会に「新しい時代の初等中等教育の在り方について」を諮問した。まずは“包括諮問”にこぎつけたことを評価しておこう。

 今回の諮問は、1月に答申のあった「学校の働き方改革」論議の延長戦という側面も持つ。小学校への教科担任制導入も、答申の「今後更に検討を要する事項」に入っていた。

 本社は当時、働き方改革答申の是非を論じなかった。本職の記事配信に忙しかった事情もあるが、評価を保留したというのが正直なところだった。教職員定数の改善など抜本策が打ち出されない限り、答申の提言が絵に描いた餅にしかならないことは目に見えている。しかし文科省が現段階での限界を自覚した上で、次の諮問に期待をつないだのだとしたら別だと考えた。

 通級と日本語指導の加配定数を10年掛けて基礎定数化する“なんちゃって改善計画”を除けば、本格的な教職員定数改善計画は前次終了以降10年以上も策定されていない。答申に従えば次の勤務実態調査まで3年以上も学校現場に業務削減の無理を強いることになるが、状況の打開策を検討するにはそのくらいの時間を要することも致し方ない。

 だからこそ、今回の包括諮問を“つまみ食い”してはならない。諮問理由には、検討事項として25項目が挙げられている。働き方改革答申はもちろんだが、それ以外も既視感が拭えない項目が多い。要するに一見、教育再生実行会議をはじめ政府の提言・検討案や過去の省内提言を寄せ集めたようなものばかりだからだ。

 もちろん、それを有機的に組み合わせることで新たな展開が期待できるものもある。小学校の教科担任制がそうだろう。あえて「義務教育9年間を見通した」という一文を指導体制にも教職員配置・免許制度にも付けているのは、単なる枕詞であるはずがない。

 もっと言えば「義務教育9年間」は、教科担任制の導入などを踏まえた「教育課程の在り方」にも係ってこよう。「義務教育、とりわけ小学校において、基礎的読解力などの基盤的な学力の確実な定着に向けた方策」という検討項目も匂う。9年間をどう区切り、そのための指導体制と教職員配置、さらには小・中に分かれている免許はどうあるべきかまで展望しているに違いない。

 その上で、あえて指摘しよう。そんな“つまみ食い”では駄目なのだと。

 本社は先に、「次期」学習指導要領ではコンピテンシー・ベースへの「転換」を図るべきだと主張した。標準時数を大幅に上回る授業時数の削減を求めた文科省の姿勢も批判した。そうしたことも含めての「教育課程の在り方」の抜本的見直しでなければならない。基盤的学力が必要だからといって学習内容の「習得」を強いること自体をも再検討する必要がある。

 唯一手放しで評価するとすれば、「増加する外国人児童生徒等への教育の在り方」を独立した柱に掲げたことだろうか。これも単に外国人労働者の増加に対応した政府方針の忖度(そんたく)にとどめず、内なるグローバル化、市民性の育成による国内融和に貢献するものとして大いに議論を深めてもらいたい。

 もう一つの柱である高校教育の在り方にみられる通り、実行会議などの下請けでは栄えある中教審の名が泣く。17日の自由討議もメモを取る気が失せるほど低レベルだったが、発言を控えた委員、これから始まる初等中等教育分科会の臨時委員も含め奮起を促したい。個別の論点に関しては、折に触れて論じよう。

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