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2019年9月30日 (月)

今こそ真の「高大接続改革2.0」へ一歩を

 「大学入試英語成績提供システム」をはじめ、2020年から始まるとされる大学入試改革に懸念が広がっている。文部科学省は最近この改革が高校の新学習指導要領で学んだ生徒が受験に入る24年(大学入学年度は25年)との2段階で行われることを強調し始めているが、改革前夜になって足元が混迷しているものに4年の猶予期間を設けたところで解決できるとは思えない。

 ところで本社は2016年2月の『教育と医学』に特集論文として「『十年後』に向け混迷に終止符を」を寄稿した。入試改革に関して主張すべき点はほぼ盛り込んだと今も思っている。ただ昨今の混迷度合いを見るにつけ、「10年」はもっと伸ばさないといけないかもしれない。

 大学入試センターは先ごろ、毎年恒例のシンポジウムを開催した。テーマは「高大接続における特別選抜の意義と課題―広義の育成型入試に焦点を当てて」。共通テストや英語提供システムが揺らいでいる時に何をのんきな、という気もしないでもないが、そもそも高大接続システムの設計責任は文科省にあるし、スケジュール的にはタイムリーな企画である。いや、こちらの方が改革の本丸に迫る課題だとさえ言えるかもしれない。

 報告された事例自体いずれは興味深いものだったが、それ自体が改全体革への大きな影響力を持つとは思えない。現状では残念ながら、個別大学の特殊な事例としてスルーされてしまうだろう。それもまた「『痛み』の時期」(前掲論文)として必要なのかもしれない。

 それよりも耳を傾けるべきは、大阪大学高等教育・入試研究開発センターの川嶋太津夫センター長の基調講演だろう。改めて今回の改革が何を目指し、また目指すべきなのかを振り返らせてくれた。シンポを聞き逃した向きには、センターのホームページに当日のプレゼンテーション資料がアップされているから参照されたい。

 川嶋センター長は今の高大接続改革が不完全燃焼だとの見方を示した上で、「高大接続改革2.0」の必要性を訴えた。「入試をより精緻化するよりも、入学の教育の在り方を変えるべき」だとするなどの指摘は、まさに改革の本丸だ。いや、そもそも20年改革なるものが本来目指すべきバージョンであった。

 文科省をはじめ、今は20年度改革に向けて円滑なスタートができるよう必死にならざるを得ないだろう。改革に批判的な人たちも、次のターゲットは24年改革かもしれない。しかし10年先にある真の改革に向けた準備を今からしないと、とても間に合わない。

 まずはセンターに大規模な研究開発予算を付けることだ。CBT(コンピューター活用型テスト)の実現に向けて、などというちゃちなものではない。国立教育政策研究所がスタートさせた教育革新の研究プロジェクトとも連動させながら、学習科学に裏打ちされた高大接続の評価・育成システムを展望することが待たれよう。たとえ実現可能性が薄くても、である。米国などのテスト実施機関では当然の基礎研究として行われていることだ。共通テストの受験料を据え置くために国費を投入するぐらいだから、何の問題もあるまい。将来に向けた先行投資として、まさにムーンショットではないか。

 目先の生徒の指導に悩んでいるところに、今ごろ原則論や理想論を語られても――と現場からお叱りを受けることは百も承知だ。しかし1点刻みの「公平」な入試から脱却できなければ、人工知能(AI)に負けない人材育成どころではない。ましてやスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(16)から指弾されたように、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献することなどできないだろう。新教育課程――あえて「新学習指導要領」とは言わない――のバージョンアップのためにも、真の高大接続改革2.0に向けて一歩を踏み出す時である。

 

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