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2019年11月16日 (土)

混迷する大学入試改革 「高大接続」の再議論から

 英語4技能評価のために民間資格・検定試験を活用する「大学入試英語成績提供システム」が異例の見送りとなって以降も、大学入学共通テストの国語と数学への記述式問題導入をめぐって批判が続いている。

 まず確認しておこう。2016年3月の高大接続システム改革会議は「記述式問題や英語の多技能を評価する」新たな枠組みが提供されれば「教科の知識に偏重した1点刻みの評価の改革という点については大きく改善される」という論理で、中央教育審議会の高大接続改革答申(14年11月)が提言していた年複数回実施を見送っていたことを。英語4技能評価のみならず記述式まで見送られたら、今般の入試改革の前提が崩れてしまう。

 ここで本社は、記述式を断固導入すべきだと主張したいのではない。そもそも「入試改革」論議の在り方が間違っていた、ということだ。

 改めて原点に戻りたい。高大接続改革は、大学教育、高校教育、そして「大学入学者選抜」を一体で改革するものである。先の答申では、「既存の『大学入試』と『公平性』に関する意識を改革し…多様な背景を持つ一人ひとりが、高等学校までに積み上げてきた多様な力を、多様な方法で『公正』に評価し選抜するという意識に立たなければならない」と指摘していた。これこそが本来、「入試改革」の先にあるべき「大学入学者選抜改革」のあらゆる出発点であらねばならなかった。

 しかし議論の場がシステム会議に移ると、なぜか文部科学省事務局自体が「公平」な「入試」にこだわり出した。英語民間検定活用の制度設計が、その典型だ。本社はCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)を「入学者選抜」に導入すべきではないという意見を支持しないが、「1点刻み」の「入試」に適用できないことは当然のことだ。異なる検定を活用する以上、それを個別大学が利用するには多元的な評価が必然的に求められる。それだけの改革なはずなのに「入試」に拘泥することで、文科省は自ら墓穴を掘ってしまった――というのが今般の混迷の主因だろう。

 萩生田光一文部科学相は自らの下に検討会議を設け、新教育課程に対応する2024年実施の「入試」に向け英語4技能の仕組みについて1年かけて結論を出したいと表明した。2年前ルールで22年度に予告するにしても、あと2年以上の猶予ができる。そうであれば、今こそ高大接続改革論議をやり直す時だ。

 その際、戻るべきは不可解な進め方をしたシステム会議ではなく、あくまで中教審答申だろう。あの時までに行った議論をきちんと整理すれば、そう時間を要することもなかろう――あくまで「きちんと」の話であるが。

 ちなみに本社は、10年9月に文科省委託で北海道大学がまとめた「高大接続テスト」構想に戻るのが一番いいと思っている。共通テストの作問作業も生かしつつ思考力・判断力を重視した出題とし、追・再試験を2回目のテストとして実施すれば複数回受験も実現できる。

 英語4技能に関しては、あくまで高校が判定したCEFRの段階別評価を信頼する。それが「高校教育改革」からいっても筋だろう。高校現場に評価の自信がないというなら、民間検定を援用してもいい。受検を奨励すれば、活用が見送られた実施団体に対するせめてもの救済策になろう。実際に受検を促している自治体や学校は少なくないし、何より「学びの基礎診断」という枠組みがあるではないか。

 そんな妄想はさておき、いま検討すべきは弥縫(びぼう)策ではない。大学教育、高校教育、入学者選抜を本当の意味で一体的に改革する高大接続の理念に立ち返って、見直しを行うことである。

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