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2020年3月

2020年3月 4日 (水)

コロナもGIGAも“教育第一”ではない安倍政権

 安倍晋三首相が突然、春休みまでの全校一斉臨時休業を要請してから1週間がたつ。その間、感染拡大防止に重要な「ここ1、2週間」を超えた休業期間を設定した理由も、「設置者において様々な工夫」(萩生田光一文部科学相)を容認した文部科学省方針との整合性にも、保育所や学童保育には開所を求めた矛盾についても、首相の口から明確な説明は聞かれない。

 安倍首相は「政治決断」を強調する。本当に全国一律に休業を要請する必要があったかは、今後の検証に待たねばならない。常に「政治は結果」を強調する安倍首相である。ぜひ結果について、政治責任を取ってもらいたい。「引き続き全力を挙げて取り組むことで責任を果たす」などというごまかしは、もう聞きたくない。

 それにしても、年度末の残りの教育活動を打ち切らざるを得なくなった多くの学校現場は大混乱だ。「教育再生」を最重要課題の一つに掲げ、「世界トップレベルの学力」を目指すとしている内閣のすることとは、とても理解できない。

 2月29日の記者会見では一応、「今回の急な対応に全力を尽くしてくださっている自治体や教育現場の皆さんにも感謝申し上げます」とは述べていた。しかし事前に安倍首相が現場に与える影響を考慮した形跡は一切ない。

 結局、安倍首相にとって教育など二の次なのだろう。第1次政権で「機能不全」(2007年1月の教育再生会議第1次報告)と呼んだ状態の「再生」さえできれば、後はどうなっても構わない。既に「教育再生」は果たしたのだから、これ以上のてこ入れは必要なく「実行」さえチェックすればいい――と思っている節さえある。

 19年度補正予算で文科省が打ち出した「GIGAスクール構想」にしても、そうだ。これまで地方交付税任せで大きな自治体・学校間格差が開いていたICT(情報通信技術)環境整備について、初年度分として2318億円もの補助金を計上して国公私を問わず整備を進めようというのは確かに画期的なことである。しかし同構想が最初「安心と成長の未来を拓(ひら)く総合経済対策」(12月5日)で経済産業省や総務省などの施策と抱き合わせで登場したことに、すべてが象徴されている。

 結局、多額の予算を要するような文教施策は政府全体の総合的な戦略との抱き合わせ、ないし経産官僚の息がかかった官邸の意向にかなう範囲内でしか実現しないのだろう。これでは多忙化で疲弊し切った現場を本当の意味で再生する抜本的な教職員定数改善など、いつまでたっても行えまい。

 人工知能(AI)やビッグデータなどのテクノロジーを教育分野に活用するEdTech(エドテック) をめぐっては、国立教育政策研究所が19年度から3年計画で「高度情報技術の進展に応じた教育革新に関する研究プロジェクト」を進行している。2月3日にフェイズ1シンポジウムが開催されたのだが、その中で事例紹介したケン・ロス米ミネルバ大学マネジング・ディレクターの演題に「Education first, technology second」という副題が付いていた。新しいテクノロジーでできることをエデュケーションに取り入れるのではなく、あくまで理想とするエデュケーションの実現のためにテクノロジーを援用すべきだ、という戒めである。

 これを裏返せば、安倍政権ではすべからく「エデュケーション・セカンド」の政策展開が行われていると評すべきだろう。幼児教育・保育の無償化や「真に必要な子ども」に限定された高等教育の無償化も、幼児期の教育や高等教育の「機関」を充実させる発想ではない。とりわけ高等教育機関に対しては無償化を踏み絵に、実務家教員による一定の実践的教育など疑問符の付くような「改革」まで迫っている。

 いかにも小ざかしい官邸官僚が机上で構想したような政策が次々と実現していき、しわ寄せは担当省庁や現場に付け回される。いったい安倍政権は、何ファーストなのだろうか。東京五輪・パラリンピック成功後の改憲、という憶測はあながち外れていまい。それも新型コロナウイルス感染の広がりによる世界同時株安で経済の先行きに暗雲が立ち込めているというのに、「引き続き景気は緩やかに回復している」と澄ます姿勢が改まる兆しは一向にない。

 

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