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2020年4月 7日 (火)

三密と3密

▼かつて学習指導要領の改訂を検討していた中央教育審議会の諸会合を傍聴しながら、これを「密教指導要領」と名付けたらどうかと考えていた。各部会等では役所で「ポンチ絵」と呼ばれる概念図を多用して議論が行われており、空海の「密蔵深玄にして翰墨に載せがたし。さらに図画を仮りて悟らざるに開示す」(『御請来目録』) という言葉を連想させたからだ▼全教科等を「資質・能力の三つの柱」で整理したのも、曼荼羅思想にふさわしい。大日如来が「生きる力」、各教科等が諸尊、に相当しよう。だから指導要領本体も解説も、ポンチ絵が多用されるものとばかり思っていた▼実際に出てきた指導要領案は、これまでと同じ字ばかりだった。もちろん法令に準じる告示の指導要領では図どころかカタカナ語も制限されるという事情は分かるが、これでは顕教のままではないか。よく言って雑密(ぞうみつ)だ▼もっとも文部科学省は今回の改訂が明治150年来積み上げてきた日本の教育の連続線上にあるもので浮足立つ必要はないと説いていたから、やはり顕教だったのかもしれない。いよいよ教相判釈に困る▼今回の改訂では中教審への諮問時からアクティブ・ラーニング(AL、当時は「課題の発見・解決に向けた主体的・協働的な学び」 )が注目を集め、ネット用語になぞらえて「AL祭り」とやゆされるほど活況を呈した。しかし告示で「主体的・対話的で深い学び」と言い換えても、いまだに真言というより顕教の題目ないし念仏にとどまっているのではないか――と、どこまで行っても例えが尽きない▼そんな調子だから最初に「3密」と聞いて、てっきり身密・口密・意密のことだと思った。しかし今や密閉・密集・密接の三つを避けよ、ということらしい。衆生の三業(身業・口業・意業)で仏との一体化(即身成仏)を目指す密教とは真逆の方向だ▼本来なら今週は、全国で新学期の授業が始まるはずであった。小学校では新指導要領が全面実施に入るが、そもそも英語の教科化で中・高学年の授業時数35時間増をどう捻出するか、各学校は頭を悩ませた。ましてやALで授業の「密度」が問われる改訂である▼そんな折に学校現場は新型コロナウイルス感染症の拡大防止で休校続きとなり、新年度はもとより前年度の未履修分まで時数確保に追われる事態となった。旧指導要領でさえ読誦、もとい教科書をこなすだけで精いっぱいだった現場は本当に持つのだろうか▼効果の疑われる全国一斉臨時休業を要請し、感染が広がっているのに再開を促す矛盾に平然としている安倍政権には、ただただ祈るしかない。護摩行にも息災、増益(ぞうやく)、降伏(ごうぶく)いろいろあるが。

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