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2020年7月12日 (日)

【池上鐘音】差別と教育

▼東京で「北海道の同和教育は、どうなっていますか」と福岡の高校生から尋ねられて、きょとんとしたのは高校1年生の末だった。3年生の時、確か京都の大学出身だった教師が日本史の授業中にふと「内地の大学に行っても、同和問題には手を出すんじゃないよ。北海道の人間には理解できない」と漏らしたことも覚えている▼北海道に部落差別はない。おそらく「開拓民」にも被差別部落出身者が少なくなかったろうが、そもそも親が内地のどこから来たのか知らない開拓2世も少なくない。開拓3世として、あえて証言する。あったのは、アイヌ差別と中国・朝鮮人差別だ▼このうち後者は、内地と同根だろう。前者に関しても、故郷では日常的にアイヌの人々と接していたわけではない。やはり保護者世代や周囲から無意識に受け継いだ、差別意識である。学校で学んだ郷土史も、しょせんは「開拓史」でしかなかった▼アイヌ差別とアイヌ文化の素晴らしさに向き合ったのは、「内地の大学」に進んでからだった。その後の道民意識を、肌感覚で語る資格はない。ただ日高に移住した大学の先輩から、当地の激しいアイヌ差別を聞かされたことがある。一方、数年前には同じ地域の先生から「うちの学校では何の差別感情もなく共生していますよ」と教えてもらった。まさに教育の力にまつべきもの、であろう▼だから東京出身の萩生田光一文部科学相が10日の記者会見で「原住民と、新しく開拓される皆さんの間で様々な価値観の違いがきっとあったのだと思う。それを差別という言葉でひとくくりにすることが、後世にアイヌ文化を伝承していくためにいいかどうかは、ちょっと私は考えるところがある」と述べたのには失望を通り越して、あきれた。「先住民族」アイヌの人々が差別された歴史的事実を厳粛に受け止めなければならないとしたアイヌ施策の基本方針が閣議決定されたのは大臣就任直前だが、知らなかったとは言えまい▼11日の民族共生象徴空間(北海道白老町、愛称ウポポイ)開業記念式典後、記者会見した萩生田文科相は前日の発言を軌道修正したようだ。しかし本当に1日で自身の無自覚な差別意識と、本当に向き合えたものかどうか。文教政策の責任者としての資質に、さらなる疑問を抱かざるを得ない。

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