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2020年8月23日 (日)

答申骨子案 「虎ノ門文学」にとどめるな

 

 20日の中央教育審議会「新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会」に、「中教審答申の作成に向けた骨子(案)」が示された。骨子といっても通例の箇条書きなどではなく、58ページにも及ぶ本格的なものだ。とりわけ19ページを占める総論部分は、ほぼ中間まとめ案と言っていい。そして、なかなかの名文である。

 中央省庁の答申・報告類は、しばしば「官庁文学」とか「霞が関文学」と呼ばれる。素人には分からないような独特の修辞にさまざまな意図をたくし込んだり、言質を取られないよう巧妙に逃げを打ったりすることを表す隠語だ。それに倣えば、総論は「虎ノ門文学」の最高傑作になりそうな予感がする。

 文部科学省の住所は「霞が関」3丁目である。ただし東京メトロ銀座線虎ノ門駅の出口が旧庁舎のすぐ前にあるので、教育業界関係者にとっては旧文部省=文科省を指す。今は無き国立教育会館に「虎ノ門ホール」があったことを覚えている向きもあろう。

 あえて「霞が関」と分けたのは、今や他省庁とは一線を画す独立したジャンルになっていると思えるからだ。ありていに言えば、1丁目の某官庁とは趣が全然違う。

 決してやゆしたり、皮肉を込めたりして「虎ノ門文学」と呼んでいるのではない。官邸の力が強く、政権に忖度(そんたく)しなければならない中にあって明治以来の三流官庁としての矜持(きょうじ)をよく保ったものだと、本気で思っている。

 タイトルの「令和の日本型学校教育」は、改元に便乗した日本スゴイ論みたいな気もしないわけではない。戦前から営々と積み重ねられてきた現場教師や民間教育運動の実践努力に触れず、あたかもすべてが「明治150年」来の文教施策の成果であるような書き方も気になる。しかし昨今流布されるような、リアル授業は優れたオンラインティーチャーの授業動画やAIドリルで代替すればよい、といった皮相な教育論とは一線を画すマニフェスト(宣言)としての気概を感じる。

 一例を挙げよう。令和の日本型学校教育の姿として実現すべき子どもの学びの在り方は「多様な子供たちの資質・能力を育成するための、個別最適な学びと、社会とつながる協働的な学びの実現」だという。政権内はもとより文科省自身も使ってきた「個別最適化」に沿いながらも表現を微妙に変え、意味内容を換骨奪胎しようとする姿勢を見るのはうがちすぎだろうか。

 おそらく政局や他省庁の事情などに疎い教育関係者には、美しい「文学」として好意的に受け止められるだろう。正式な文書となれば、学習指導要領の改訂答申並みに引用されそうな予感もある。それは決して悪いことではない。

 問題は、それに続く「各論」が相変わらず弱いことだ。総論もそうだが、GIGAスクール構想にしてからが文科省主導で実現した政策とはとても言えない。総論に「教職員定数」という一言を盛り込むだけでも成果になるというのが旧来の役所の論理だろうが、各論が依然「義務教育9年間を見通した教科担任制の在り方」だけでは弱腰に過ぎる。

 もちろん、今後の議論で補強されたり新たに施策が盛り込まれたりすることもあろう。一方で「官庁文学」の校閲が入って消されたり後退したりする文言も出てこないとは限らない。文科省事務局はもとより、中教審の正委員や臨時委員には今後とも奮闘を期待したい。

 今回の答申は、文科省文書の一つの到達点を示すものになりそうな期待がある。だからこそ、これを「文学」にとどめてはいけない。あくまで答申は行政文書であり、政策提言なのだ。

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