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2021年2月 7日 (日)

中教審初中答申 時期逸した「文学」の言葉

 本社は昨年8月の社説で、中央教育審議会の答申骨子案を「『虎ノ門文学』の最高傑作になりそうな予感がする」と書いた。その後すぐ安倍晋三首相が退陣するとは思ってもみなかったし、ましてや後を襲った「鉄壁の」菅義偉首相の支持率が乱高下することなど想像すらできなかった。

 第10期の任期に合わせるという「お尻」が切られる中でも大幅改定して緊急出版したものの、刊行のタイミングが時流とズレてしまった――1月26日の答申を評するなら、こうなろうか。

 そもそも「文学」に例えたのも、盤石と思われた安倍政権の下では「イソップの言葉」(レーニン)でしか語れないと思ったからだ。だからこそ「官邸の力が強く、政権に忖度(そんたく)しなければならない中にあって明治以来の三流官庁としての矜持(きょうじ)をよく保ったものだ」と評価した。

 象徴的な出来事があった。答申のサブタイトルにも使われた「個別最適」な学びをめぐって、経済産業省の浅野大介・サービス政策課長(教育産業室長)が「最近は自律調整型の学びと言い換えるようにしている」(昨年12月の「超教育協会」オンラインシンポジウム)というのだ。

 「個別最適化学習」の始まりは18年6月、文部科学省の「Society5.0に向けた人材育成に係る大臣懇談会」省内タスクフォース(特別作業班、TF)報告と、経産省「『未来の教室』とEdTech研究会」第1次提言だった。というより経産省主導の色合いが濃かったことは、GIGAスクール構想も含めたその後の経緯を見れば明らかだ。

 もともと個別最適化学習の「学習」は、昨年10月の中教審教育課程部会で溝上慎一・桐蔭横浜大学長が発表した通り人工知能(AI)のアルゴリズム(処理手順)のことである。つまりは「教育の言葉」ではない。そこまで明らかにされながらも中教審、というより文科省事務局は一部委員の懸念を聞き置き「個別最適」で通した。しかもイソップの言葉を捨て去ってもよさそうな時期に、である。

 言い訳はある。「個別最適な学び」とは、「『個に応じた指導』(指導の個別化と学習の個性化)を学習者の視点から整理した概念」だというのだ。だったら、なおさら教育の言葉で「指導の個別化と学習の個性化」と言えばいい。

 考えてみれば「令和の日本型学校教育」という扇の要のような総論がなかったら、総花的な答申に終始せざるを得なかったろう。1人1台端末にしても小学校35人学級にしても棚ぼたのように実現したもので、中教審での論議とは何の関係もなかった。すべては新型コロナウイルス感染症という奇禍が、奇貨に転じたものだ。

 間もなく発足する第11期中教審では、教員の養成・採用・研修が初等中等教育の中心テーマに浮上しそうな雰囲気である。元々は第9期の「働き方改革」答申の延長戦として初中教育の「包括諮問」がなされたはずだったが、これに対しても無力だったことが露呈してしまった。「教育」の論議をどう取り戻すか、今後の重い課題だろう。

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