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2021年5月30日 (日)

教員免許更新制の存廃 まず確認しておくべきこと

 教員免許更新制について、中央教育審議会の小委員会が次回会合で存廃の議論を行うことにしている。これをめぐって今後、報道も活発化しよう。

 その前に、まず確認しておきたい。更新制は、教育界のほとんど誰もが望まずに導入されたということだ。皮肉っぽく言えば現場の不満をよそに、よくぞ10年1サイクルを回せたものだと感心する。

 そもそも更新制は2000年12月、臨時教育審議会以来の宿題だった「問題教員対策」を引き継ぐ形で森喜朗内閣の教育改革国民会議報告が提言した。早速01年4月に町村信孝文部科学相(当時)が中教審に諮問したものの、02年2月の答申では詳細な検討の上「なお慎重にならざるを得ない」との考えを示して導入を見送っている。なのに04年10月に中山成彬文科相(同)が再度諮問すると、今度は抗し切れずに06年7月の答申で導入を提言せざるを得なかった。要するに、そもそもが結論ありきの無理筋だったのだ。

 そのため答申後も、制度化を「走りながら考える」(当時の文部科学省教職員課長)ような状態だった。そうして09年度から急ごしらえでスタートした更新制が、本当に「自信と誇りをもって教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ていく前向きな制度」(06年答申)になっているかどうかなど二の次、三の次の話だ。

 ちなみに最近の解説記事では、第1次安倍内閣の教育再生会議が提言したことを強調する向きも強い。確かに安倍晋三氏は首相就任直前に「ダメ教師には辞めていただく」(文春新書『美しい国へ』、06年7月)と書き、07年1月の再生会議第1次報告にも「真に意味のある教員免許更新制の導入」を盛り込んで実際に提言通り教育職員免許法改正を実現させた。しかし国会審議で安倍首相がおそらく文科官僚が起案した通りの答弁を無表情で読み上げるのを聞くにつれ「ああ、この人は関心がないのだな」と思わざるを得なかった。

 これまで更新制を維持する理由として、よく更新講習の受講者アンケートが挙げられてきた。しかし好評なのは、選択領域18時間に限った話だ。そうでなければ、わざわざ16年度に必修領域12時間のうち6時間を選択必修領域に割く必要などなかったろう。

 もちろん中教審小委が、きちんと検証を行わなければ恰好がつかない事情は分からないでもない。一部の委員や、事によると文科省内にさえ今や本気で更新制が必要だと考えている人がいるかもしれない。しかし経緯を振り返れば振り返るほど、真面目な議論がばかばかしく思える。

 政治主導で導入された無理筋の制度に、せっかく萩生田光一文科相が政治主導で道筋を付けてくれた存廃論議である。既に主張した通り、廃止の結論を出したとしても誰も困らない。

 返す返すも民主党政権の時に即刻廃止すべきだったと、悔やまれて仕方がない。確かに修士レベル化は優れたアイデアだったが、結果的にはかえって廃止を遅らせた。ましてや今、更新制の代替案として修士レベル化を蒸し返すようなアイデアがささやかれているのには、あきれるばかりだ。むなしい論議はさっさと結論を出して、本丸の養成・採用・研修改革に移ってほしい。

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