【池上鐘音】草の根の「日本型教育」
▼宮城県女川町にある21の浜すべてに建立を目指していた「女川いのちの石碑」が21日で完成したことは、全国的に報じられた。東日本大震災の直後に女川第一中学校(現女川中)に入学した生徒たちが企画したものだ▼卒業後も「女川1000年後のいのちを守る会」を結成し、8年越しで実現したことは賞賛してもし過ぎることはない。その陰には「支える会」の保護者をはじめとした、多数の大人たちの支援があった。そして何より活動のきっかけとなった社会科の授業を行い、現在も事務局長として卒業生らに寄り添い続ける阿部一彦先生(現石巻市立桃生=ものう=中学校長)の存在を強調しなければなるまい▼震災10年目に入る今年の1月に中央教育審議会は「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」と銘打った答申を行い、現在は3月の諮問を受けて「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について」の審議を行っている。こうした流れに違和感をどうにも拭えないのは、これまでの取材で阿部先生のような「日本型」教員に多数会ってきたからだ▼新学習指導要領を提言した2016年12月の中教審答申は、明治学制以来140年間の蓄積を踏まえたとの立場を表明する。政府部内には最近、大正自由教育と戦後新教育、「ゆとり教育」を併置しながら今般の教育改革を「4度目の正直」と位置付ける論調さえある▼しかし少なくとも大正自由教育は、政府と全く関係がない。日本型学校教育を支えてきたのは、まさに運動を連綿と受け継ぎ、子どもたちの能力を信じて引き出そうと努力してきた草の根の教師たちである。その典型を、阿部先生らの実践に見た思いがした▼「個別最適な学び」と「協働的な学び」をめぐっては、まだまだ政府部内で論議が続いている。それを現代的な解釈とみるべきかニュアンスの変更と受け止めるべきかは、議論の分かれるところだろう。今後打ち出されるであろう方針に期待もしているが、草の根の日本型教員からかけ離れることがないことを願うばかりだ。
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《本社より》
『内外教育』10月12日付の14㌻上段10行目「20日」は「21日」、同下段後ろから7行目「3階」は「4階」の誤りでした。せっかくの慶事に水を差し、心よりおわび申し上げます。
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