【池上鐘音】「間違える」官邸と大学入試の実務
▼ちょうど千正康裕・千正組代表の『官邸は今日も間違える』(新潮選書)を読み始めた時分に、ニュースが流れてきた。大学入学共通テストの受験生でオミクロン株の濃厚接触者は追試に回るよう求めた文部科学省通知に対して、岸田首相が本試験の別室受験を含めて検討するよう指示したという。末松信介文部科学相は臨時の会見を開き、わずか3日での方針転換を表明。28日付で指示通り再通知された▼官邸主導の流れを作ったのは故橋本龍太郎氏や小泉純一郎氏が首相を務めた時代であり、背景には衆院での小選挙区制導入が背景にある――元厚労官僚である千正氏は同書で、こう指摘する。だから省庁の実務を考慮することなく、増加する無党派層の意向を優先して意思決定がなされるのだと▼すぐ思い起こしたのは、19日にオンラインで開催された座談会「大学入試におけるコロナ対策 令和3年度入試の舞台裏」だ。コロナ禍という未曽有の事態に接し、大学入試センターがかつての所属研究者だった大学教員5人に呼び掛けて2020年6月から4回にわたって情報交換を目的に行われた緊急オンラインフォーラム(非公開)を振り返った▼初の実施となった21年度共通テストは、臨時に第2日程を設ける異例の形態となった。それだけでも過重負担だが、第1日程を受けられなかった受験生は追試として第2日程を受けたため試験監督の緊張感は並大抵ではなかったという▼そもそも実務を担当する大学の教職員は、専門性の高い業務をギリギリの人数で回している。緊急時に試験監督を増員しようにも、近年増加する特任教員には依頼できない。特任以外の教員は高齢化していて、持病を抱える者が少なくないという▼任期中に成果を挙げた特任教員を本務教員に採用して新陳代謝を図るべきだ――というのが、昨今の大学改革が要請するところだ。しかし現実には高齢本務教員のクビをそうそう切れるわけもなく、若手はいつまでも不安定な特任から抜け出せない▼大学設置基準の弾力化と教養部廃止で入試問題を作成する能力のある教員が減っている問題は、かねて指摘されてきた。高大接続改革の必要性を受けて、各大学では研究機能も担うアドミッションセンターなどを設ける動きも広がっている。座談会に集まった研究者の多くも、そうした部署の所属だ▼22年度共通テストは本試験の日程が元に戻ったため、21年度に比べれば負担は少ない。20年度間に得られた教訓も生かされるだろうし、そのために座談会も開かれた。しかし、もともと弱っていた大学の組織的体力が首相指示一つで戻るわけもない。ましてや10兆円の大学ファンドが設けられたところで、ほとんどの大学にとって何も解決しない▼受験生は首相判断に快哉を叫んだろうが、入学後はぜひ大学の実態を自分の目で見つめるといい。事は自らの教育環境に関わる問題である。コロナ禍は、そうした日本中の構造的な問題を浮き彫りにしている。
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