【池上鐘音】老害の還暦
▼NHK2024年度前期の連続テレビ小説『虎に翼』が好調のようだ。現代に通じる民法や家族の問題が、女性視聴者に刺さっているらしい。男性も同じだ▼5日放送の回では、主人公の猪爪=佐田寅子(伊藤沙莉)に恩師の穂高重親(小林薫)が最後にこう話し掛けた。「佐田君、気を抜くな。君もいつかは古くなる。常に自分を疑い続け、時代の先を歩み、立派な出がらしになってくれたまえ」▼50代に入ったころから、自分が既に老害なのではないかという自覚が出始めた。結局、昔と同じことしか書いていないと気付いたからだ。学習指導要領の改訂や高大接続改革を追う中でつい忘れがちになったが、22年10月に拙著『学習指導要領「次期改訂」をどうする』(ジダイ社)を出して以来ますます繰り返し傾向が顕著になってきた▼思えば学生時代、上級学年や留年生になって後輩から「文句じじい」と呼ばれていた。ろくに寮務もしないくせに原則論ばかり振り回すのが嫌気されたらしいのは分かっていたが、退寮あいさつまで憎まれ口をたたいて社会に出た。それから40年がたち2度目の甲辰を迎えたが、二十の魂百までである▼国内外の情勢は混迷の度を深める一方だ。もはや自分たちが育ってきた時代のように、希望ある未来を若者が描くことなどできない。一人一人が生活者・主権者として、課題を発見し納得解を得られるようエージェンシー(変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力)を発揮する力を付けなければならない――という主張も同じことの繰り返しである▼古代中国文化圏では十干十二支で歴史を認識してきたが、死すべき人間は60年単位でしか記憶ができないということかもしれない。ましてや戦後79年ともなれば、既に多くの人が過去の教訓を顧みることは少なくなる▼だからこそ穂高先生の言葉が染みる。徹底して原則にこだわりつつ、常に事実を疑い続けて新たな知識を吸収し補強する――そうすれば立派な出がらしになれるだろうか。100年先まで生きていることはないが、日本国が続く限り書いたものは国会図書館に残ろう。
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