指導要領の改訂 「10年」先送りにしない審議を
学習指導要領の改訂を巡り、中央教育審議会が議論を始めてから4カ月が経過した。教育課程企画特別部会(企特部会)委員の溝上慎一・桐蔭横浜大学教授が「始まって早々と2回目で、学習指導要領改訂の大きな枠組みが見えてきた」(『教育展望』4月号)と振り返るように、6回目(25日)までに重要な方針が着々と固まりつつある。
前回改訂時(現行指導要領)と比べて、気になることがある。一つは既視感だ。諮問が具体的なことに加え、基本的に賛同する委員が多く集まっているため一部委員を除いて異論が出にくい。文部科学省の方針を「補強」する議論ばかりで、本当に一般教員の「共感と納得」(企特部会長の貞広斎子・千葉大学副学長)が得られるのか。現行指導要領を「現場が受け止め切れていない」(天笠茂・千葉大学名誉教授、同誌特集)のがコロナ禍のせいだけでないとしたら、その反省も踏まえるべきではないか。
企特部会は毎回2時間半と通常より30分長い審議時間を設定しているにもかかわらず、恒例のように延長するほどの「白熱した議論」が行われている。ただ意見の言いっ放しに終始し、異論が戦わされる状況にはない。「言い足りなかったことは事務局にメールで送れば議事録に載せる」と言われれば、なおさらだ。結果的に予定調和的な審議だけが「委員の先生方の熱心なご議論」として残ることも、変わりそうにない。
もう一つは、微妙な違いだ。前回は諮問前に「安彦検討会」(育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会)が学術的に詰めた論議を行った末に論点整理をまとめたが、実際の諮問もその後の審議も行政的判断が働き「安彦論点整理」に沿ったとは言い難かった。一方、今回は実質的に骨子だけの「天笠検討会」(今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会)論点整理に忠実な諮問が行われたが、企特部会に入っても天笠検討会の延長戦のような議論が続けられている。
有識者検討会と中教審諮問との間隔は時の政治状況に影響された側面もあり、行政判断としては致し方ない面もあったかもしれない。それでも、これら既視感と微妙な違いには教育課程行政の根本的な問題が内包しているように思える。
これまでの取材で、複数の関係者から「一度の改訂では、やり切れないこともある」という言葉を聞いた。前回改訂時で言えば学力論の「拡張」があったものの、現場で実践した上で落とし込めなかった課題を次期改訂に持ち越すということだ。そう考えれば「見方・考え方」や「学びに向かう力・人間性等」が再考されていることにも合点がいく。
つまり、おおむね10年に1回の改訂は常に課題を次の10年に少しずつ先送りするということを意味しよう。デジタルや表形式による指導要領の構造化というのは目新しそうな話だが、実は安彦検討会の時に海外の先進例として報告されていた。
指導要領の改訂や実施には「現場との対話が必要」(関係者)だというのも、理解できなくはない。しかし、それでは改訂指導要領の理念を現場がいつまでも受け止め切れず次も同じような議論を繰り返すことになりはしまいか。その結果、子どもたちに十分な資質・能力が育成できなかったとしたら問題である。
それでも、何ら問題はないのかもしれない。何しろ「生きる力」という極めて抽象的な理念だけを掲げた1998~99年改訂が「ゆとり教育」批判のバッシングを受けたにもかかわらず国際的には2000年に始まった「生徒の学習到達度調査」(PISA)で好結果を維持し続けている国と評価され、コロナ禍で実施が1年延期されたPISA2022では「レジリエントな国・地域」の一つにさえ認定された。
ただ、それが過労死ライン越えもいとわない現場教員の献身的な努力によって支えられていることを真剣に考える必要がある。働き方改革を進めるだの、職務に見合った処遇改善だのという話ではない。むしろ現場が自律的・創造的な教育活動や研究・研修できる環境を整える条件整備を、同時並行で議論すべきだ。
今回は条件整備を含めて「3本の諮問がなされている」(貞広副学長)のだとしても、企特部会・教員養成部会ともに議論の不十分さが目立つ。改訂や制度改革の課題だけでなく現場の疲弊まで10年、20年と先送りし続けていては「日本型学校教育」と自賛してきた教育実践の持続可能性も損なわれかねない。そこまでの危機感を持って、ゴールデンウィーク明けの審議に臨むべきだ。
↑ランキングに参加しています。奇特な方はクリックしていただけると、本社が喜びます

最近のコメント