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2025年8月

2025年8月24日 (日)

学校の働き方改革 既に泥沼化している

 どうしても昭和100年・戦後80年の8月は、いま起こっている事象を過去の歴史と比較してしまう。19日に開かれた中教審「教師を取り巻く環境整備特別部会」第2回会合を聞いていて学校の働き方改革が、宣戦布告もなしに泥沼化した日中戦争からずるずると太平洋戦争に突入したのと同じように思えてきた。

 この日の会合では、教員給与特別措置法(給特法)改正を受けた「服務監督教委が講ずべき措置に関する指針」の見直し案が示された。法改正により、教委が業務量管理・健康確保措置実施計画を定めるとともに「学校・教師が担う業務の3分類」も位置付けることになったからだ。

 実施計画には、政府が時間外在校等時間を月平均30時間程度に削減することを目標にしていることから▽月の在校等時間が40時間以下の割合を100%にする▽1年間で月平均30時間程度になることを目指す――ことを求め、内容や実施方法は「地域の実情に応じて決める」としている。

 とりわけ注目されるのが、3分類の見直しだ。分類の名称も▽基本的には学校以外が担うべき業務→学校以外が担うべき業務▽学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務→教師以外が積極的に参画すべき業務▽教師の業務だが、負担軽減が可能な業務→教師の業務だが負担軽減を促進すべき業務――に変更された。保護者や地域住民の積極的な参画や、事務職員の役割にも期待している。

 会合では、3分類の改正については総論賛成が得られたものの細部では要望が相次ぎ、修正は部会長に一任された。また多くの委員が訴えたのが、財源確保の必要性だ。これに対して文部科学省事務局は「国がどこまで手取り足取り一律に言うかどうか悩ましい作業をしている」「間もなく概算要求があるので、いま取り組んでいる」などと、口調はともかく内容的には通り一遍の官僚答弁に終始した。

 まず出発点から確認しておこう。働き方改革が課題となったのは、2017年6月に中教審諮問があってからである。それに先立って行われた16年度勤務実態調査では小学校教諭の3割、中学校教諭の6割が「過労死ライン」にあることも明らかになった。

 19年1月の答申は、仕方のない面もあった。そもそも管理職が、教職員の勤務状況すら把握していなかったからだ。そんな状況では、財務省に予算要求のしようもない。そのため3分類を定めて業務削減に努めるとともに、その後のことは勤務実態調査を行って改善状況を見てから考えようというものだった。

 当然、改善できなかった部分は新たな条件整備が必要になるということも含まれていたはずだ。しかし24年8月の答申は22年度調査に比べ「約3割減少」したことを「教育委員会や学校の尽力の成果」としながらも、取り組みに差がみられるとして「全ての教育委員会が総合的に取り組む段階」から「解像度を上げて」支援と助言を行っていく段階に移行すべきだとして済ませた。

 「あいまいな戦略目的」「短期決戦の戦略思考」「主観的で『帰納的』な戦略策定」「狭くて進化のない戦略オプション」「人的ネットワーク偏重の組織構造」……。日本軍を組織論的に研究した名著『失敗の本質』(1984年、現在は中公文庫)が数多く当てはまってしまうように思えるのは、気のせいだろうか。国から地方、学校現場に至るまで「学習を軽視した組織」になっているとしたら皮肉である。

 これはもう、改革を一からやり直さないと無理ではないか。戦前に例えれば官・軍・民の若手による内閣総力戦研究所のシミュレーションで必敗が明らかになったのに、データより「空気」で開戦に突入し想定通りに展開した愚を繰り返すようなものである。挙げ句の果てには非科学的な「特攻」を経て「本土決戦」を竹やりで準備しろ、と言われても困る。

 今こそ教職員定数を算定基礎から見直すなど、財源も含めた抜本的な条件整備の戦略を描くことが不可欠である。ここで立ち止まる勇気を持たないと、取り返しがつかなくなるかもしれない。既に現場には、あちこちに危機の兆しが噴出しているとみた方がいい。

 

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2025年8月20日 (水)

【社告】記事削除のお知らせ

 7月31日付コラム「【池上鐘音】業界紙のDNA」記事を、全文削除します。なお、これはあくまで本社の独自判断であることを申し添えます。

 本社は今後とも事実を何より尊重し、誠実に向き合う報道・評論活動に務めてまいります。

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2025年8月15日 (金)

戦後80年 二度と戦争をしない教育課程に

 戦後80年を迎えた。昭和史研究家の保阪正康氏は今年の「昭和の日」に北海道大学で行った講演の中で、江戸時代の265年間ただ一度も戦争をしなかった日本が明治維新後から敗戦までの近代史77年間のうち50年間「戦争ばっかりやってい」たと指摘。近代史に戦後の現代史を合わせても157年間と、江戸時代に100年以上も足りないと注意を促している(『保阪正康と昭和史を学ぼう』文春新書)。

 「戦を避けるための知恵」(同)があった国が、なぜ無謀な戦争に突き進んだのか。学校教育や社会教育も、責任を逃れ得ない。教育勅語の発布(1890年)は日清戦争、文部省編『国体の本義』も太平洋戦争の、いずれも開戦4年前だ。

 25年を1世代とすれば、既に3世代分から5年が経過している。保阪氏も言うように「戦争はいわゆる『同時代』の枠の中から、『歴史』へと移り、戦争というものを皮膚感覚で知る社会ではなくなった」(NHK、14日電子版)。

 もっとも「歴史」は、知識として教える・覚えるものにとどまらない。例えば現行学習指導要領の中学校社会科歴史的分野も、知識・技能のねらいを「我が国の歴史の大きな流れを、世界の歴史を背景に、各時代の特色を踏まえて理解するとともに、諸資料から歴史に関する様々な情報を効果的に調べまとめる技能を身に付けるようにする」としている。

 一方で某与党政治家のように、歴史は「書き換え」たり「作る」ことが可能だという認識が依然としてはびこっている。議席を伸ばした新興政党の歴史修正主義的発言がネットで拡散している状況も、気に掛かる。またぞろ検定教科書の細かい記述が政争化されては、たまらない。

 以前も論じたが、太平洋戦争末期の航空機による「特攻」は人道にも物理法則にも反した戦術である。希望的主観から人命無視の非合理な作戦を立案・指揮した者の責任をこそ問うべきで、決して兵員の「心情」に帰着させてはならない。

 現行指導要領は、予測困難な時代に一人一人が未来の造り手となるべく「社会に開かれた教育課程」を打ち出した。現在その延長線とも言うべき改訂論議が進んでいるが、今のところ各論が精緻過ぎて「骨」が見えていない。超大国の専制化をはじめ国内外の価値観が揺らぐ中、再び戦争を行わないための教育を隠れたテーマとすべきだろう。それだけ今は民主主義が危機に瀕しているのであり、戦争に巻き込まれれば「失敗の本質」(戸部良一ら著の同名書、中公文庫)を繰り返すことは必定だ。

 「(日本国憲法の)理念の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」――戦後に制定された教育基本法は、前文でこう高らかに宣言した。2006年の「改正」でこの一文は消えてしまったが、「平和で民主的な国家及び社会の形成者」(1条)を育成するという趣旨は継続されている。危機の時代に備える市民性教育こそ、憲法・教基法に基づく戦後教育を現代的によみがえらせる道だ。

 保阪氏は出身地の地元紙・北海道新聞のインタビュー企画で、小学校高学年のころ「陸軍大将になりたい」と作文に書いた同級生を何度も平手打ちした男性教諭が後年「戦死した仲間を思い出して耐えられなくなったんだ」と打ち明けたことを振り返っている(「保阪正康が見た戦争」上、11日付)。「教え子を再び戦場に送るな」という戦後教職員組合のスローガンは、敗戦前の教育を反省しただけではない。現場教員はもとより師範学校生も出征し、傷を負った心からの叫びだったのだ。 

 

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2025年8月10日 (日)

教員養成部会 これで論点「整理」に入るつもりか

 中央教育審議会の教員養成部会は7日に諮問後8回目の会合を開催し、次回から論点整理の議論に入るという。

 本気なのだろうか。これで「多様な専門性を有する質の高い教職員集団の形成を加速するための方策」(諮問文)ができるとは、とても思えない。

 養成部会は、月1回のペースで会合を開いている。7日は審議事項の3本柱のうち、やっと最後の「多様な専門性や背景を有する社会人等が教職へ参入しやすくなるような制度の在り方について」で「基本的な考え方」の案文が示されたばかりだ。これで一応は、一通りの議論をしたことになる。

 しかし諮問の両輪を担う学習指導要領の改訂について教育課程企画特別部会(企特部会)が周到な事務局資料を基に精緻な議論を行い、7月28日の第11回会合で当初予定の検討事項をこなしたのに比べれば雲泥の差だ。それでも企特部会は論点整理素案の「落としどころがまとまらず」(委員の1人)、29日に予定されていた第12回会合が9月5日に延期された。

 養成部会は前2本の柱についても、ちょこちょこ文案に修正を加えてきた。それも意見が出れば追加・修正するといった程度で、議論はさっぱり深まらない。

 本社がかねて問題視してきた免許種別の在り方も、そうだ。2種相当を標準とする案は引っ込めたものの「現在の教員免許制度の中で、短⼤・学部段階の教師養成について担保している質を落とさないことを前提として、教員免許取得に⾄る学びを再構築の上、改めて標準的な教員免許状として位置づけ」るという、何を言っているかさっぱり分からない文面も変わらない。

 7日には企特部会の審議状況も報告されたが、「養成の質が高まらなければ成り立たない」(真島聖子・愛知教育大学学長補佐)のは当然だ。それに見合う養成課程の検討は、明らかに不足している。

 採用に関しても「今後の全国的な教員採⽤の需要や採⽤倍率はどのように変化していくと考えられるか」という重要な提起を掲げていながら、大した論議もなしに「基本的な考え方(案)」では「今後、全体として⾒れば、中⻑期的に採⽤者数が減少していく⽅向に⼊ると⾒込まれるものの、志願者数を⼀定に保ったり、これまで以上に増やしていくことが容易な状況ではなく、採⽤倍率が⾃然に回復するわけではないと考えられる」で片付けている。しかも「引き続き、教職志願者を獲得するための取組を継続することが重要であると考えらえる」というのだら、何も言っていないに等しい。

 3番目の柱についても「⼤学における教員養成の原則との関係で、教員資格認定試験を拡⼤展開していくことについて、どのように考えるべきか」という本質的な問いを立てながら、「基本的な考え方(案)」では「教員資格認定試験については、制度の趣旨に⽴ち返り、教師集団の多様性をさらに⾼めるために、専⾨性を有する質の⾼い教師を確保する⼿段として捉えていくべきではないか」で済ましている。検証されるべきは「⼤学における教員養成の原則」の方なのに、明らかなはぐらかしだ。「課題解決のための戦略的意図を持って、改めて制度の根本に立ち返った検討」(諮問)が行われた形跡は、ない。

 これでは大学における養成をはじめとした戦後養成制度が、単に溶解するだけではないか。しかも教職志望数の確保や質の向上につながる戦略が示されるとは、とても期待できない。

 文部科学省事務局の腹積もりとしては、一刻も早くワーキンググループ(WG )で制度設計を詰めたいのだろう。課題を先送りされるWGが、発足前から気の毒だ。もっとも一番の被害者は、目前の困難に何らの解消策も示されない教育現場なのだが。

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2025年8月 2日 (土)

全国学調の経年調査 「学力低下」判断は慎重に

 今年から3段階で結果発表することになった全国学力・学習状況調査(全国学調)について7月31日、第2段が発表された。学習指導要領の改訂が検討されている折、経年変化分析調査のスコア低下を「学力低下の深刻な結果」と即断してはいけない。

 今回、経年調査で公表されたのは2016・21・24年度の結果概要。グラフだけ見せられれば6年間ほぼ横ばいだった国語と算数・数学が小中学校とも落ち込み、とりわけ21年度と比べた中学校英語の落ち込みが激しい印象を受ける。

 文部科学省の塩見みづ枝総合教育政策局長は1日に開催された「全国的な学力調査に関する専門家会議」の冒頭あいさつで、当日朝刊の報道を引用して▽家庭での勉強時間が減少していること▽テレビゲームやスマートフォンの使用時間が大きく増加していること――を要因に挙げながら「重く受け止め、真摯(しんし)に向き合って改善していく必要がある」との考えを示した。

 もっとも発表資料自体が「全国の本調査のスコア分布の状況に関する変化の有無は中長期的に継続して分析する必要があり、次回(令和9年度予定)以降の結果もあわせて引き続き分析していくこととする」と注記していることを、見逃してはならない。ちなみに24年度の分析対象はペーパーテストによる調査(PBT)分だけであり、27年度はコンピューター使用型テスト(CBT)に全面移行を予定していることにも注意を要する。

 21年度前後には新型コロナウイルス禍で休校措置とオンライン授業が続く一方、現行指導要領が小学校で20年度、中学校で21年度から全面実施に入っている。前回の改訂趣旨が徹底されているかも含めて、検討が不可欠だ。

 ところで文科省資料でも専門家会議でも、「スコアの低下」という慎重な言い回しをしている。それが記事にも反映しているのだが、おそらく世間は「学力低下」としか受け止めないだろう。

 そもそも経年調査の対象問題は非公開なので、どのような「資質・能力」が問われているのか分からない。コロナ禍も相まって解法テクニックの有無が影響した可能性もあれば、逆に対面授業で行われるはずの本質的理解に至らなかった可能性もある。いずれにしても専門家会議座長の耳塚寛明・お茶の水女子大学名誉教授が言う通り、現段階では「仮説の域を超えない」。国立教育政策研究所の詳細な分析が期待される。

 経済協力開発機構(OECD)が2022年に実施した「生徒の学習到達度調査」(PISA)で日本が「3分野全てにおいて世界トップレベル」(文科省資料)であり、コロナ禍にも「レジリエントな(耐性のある)国・地域」に認定されたことを忘れてはならない。しかもOECDは長期トレンド分析で、日本には調査開始以来コンピテンシー(資質・能力)の「低下」はみられなかったと判断している。

 次期改訂では、各教科で「中核的な概念」に基づく目標・内容の構造化が課題となる。個別的知識も入れ替え可能であり、本質的で転移可能な理解こそ重視されよう。そのためにも、中教審教育課程企画特別部会(企特部会)主査の貞広斎子・千葉大学副学長が専門家会議で述べた通り「過剰反応して、詰め込み式の学びに揺り戻すのは適切ではない」ことを肝に銘じたい。

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